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中条志穂「イチ推しフランス映画」

動物界

© 2023 NORD-OUEST FILMS - STUDIOCANAL - FRANCE 2 CINÉMA - ARTÉMIS PRODUCTIONS.

映画『動物界』

2024年11月8日(金)より、新宿ピカデリー他にて全国順次公開
配給:キノフィルムズ
[公式HP] https://www.animal-kingdom.jp/

監督:トマ・カイエ Thomas Cailley
フランソワ:ロマン・デュリス Romain Duris
エミール:ポール・キルシェ Paul Kircher
ジュリア:アデル・エグザルコプロス Adèle Exarchopoulos

 人気俳優ロマン・デュリスの主演で、人間が動物化してしまう奇病と、それに冒された家族の葛藤を描いた新感覚のスリラーである。
 時は近未来。人間がさまざまな動物に突然変異し、狂暴化する新種の病が世界中に蔓延している。料理人フランソワの妻ラナもその病にかかり、フランス政府によって「新生物」と認定され強制隔離されていた。全身が獣の毛で覆われたラナと面会するたび、フランソワは彼女を励まし、再び一緒に生活することを願っていた。ところがある日、患者たちを移送中のバスが転落事故を起こし、バスから逃げ出したラナが行方不明となる。一方、息子エミールにも身体の異変が生じていた。指先に鋭い爪が生え、背骨が隆起してきたのだ。まもなくフランソワも息子の病気に気付くが、妻のように隔離されることを恐れて周囲に隠す。彼はラナの行方を追いつつ、新生物を排除しようとする社会の敵意から息子を守ろうとするのだが……。
 監督はこの作品が長編2作目となる新鋭トマ・カイエ。主人公の息子は女優イレーヌ・ジャコブの実の息子ポール・キルシェが演じ、身体のグロテスクな動物化に必死で抗う瞠目の演技を見せている。また、『アデル ブルーは熱い色』でカンヌ国際映画祭女優賞を受賞したアデル・エグザルコプロスも警官ジュリア役で出演している。

【シネマひとりごと】
 マッド・サイエンティストによって人為的に作られた半獣半人を描いたH.G.ウェルズの『モロー博士の島』は過去に4度も映画化されている。さらに今年、アンソニー・ホプキンス主演で5度目の映画化が予定され、不気味と興味が共存する獣人の視覚化は根強い人気がある。しかし、本作の獣人は病気による突然変異で生み出されたものだ。獣人はフリークスとして忌み嫌われるが、カイエ監督は獣人vs人間のような対立構造を描きたかったわけではない。父と、動物化しつつある息子との微妙な関係の変化に焦点をあて、父親としての務めが何なのかを見る者に問いかけている。監督はこうした父子の普遍的な関係を、小津安二郎監督、笠智衆主演の『父ありき』から学んだという。『父ありき』では妻に先立たれた男と息子の、他人行儀ともいえる距離を保った愛情が描かれている。本作でも奇病に冒された妻はほとんど姿を見せず、もっぱら父と息子の関係を緊張感たっぷりに描いている。息子を演じたのはポール・キルシェ。実の母は『トリコロール/赤の愛』や『ふたりのベロニカ』の主演で、透明な美しさが際立っていたイレーヌ・ジャコブである。キルシェは昨年、日本でも公開されたクリストフ・オノレ監督『Winter boy』の主役で注目を浴びた。わずか二十歳の、ほぼ新人ともいえるキルシェが、ゲイを公言する破天荒な作風のオノレ監督の自伝作の主役を演じる。大胆な挑戦だと思ったが、見事に体を張った演技で、サン・セバスチャン国際映画祭で最年少の主演男優賞を受賞した。本作では母親譲りの美しい顔立ちが獣人化するグロテスクさも見どころだが、長すぎる手足を持て余すようなぎこちない歩き方がひどく魅力的だ。また、一瞬だが笠智衆に見えなくもないロマン・デュリスの抑制のきいた演技に、最近父親役の続く彼の新境地が見られるのも面白い。

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著者略歴

  1. 中条志穂(ちゅうじょう・しほ)

    翻訳家。共訳書コクトー『恐るべき子供たち』、ジッド『狭き門』

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