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中条志穂「イチ推しフランス映画」

アニー・エルノーの小説「事件」の映画化『あのこと』

映画『あのこと』


© 2021 RECTANGLE PRODUCTIONS - FRANCE 3 CINÉMA - WILD BUNCH - SRAB FILM

監督:オードレイ・ディヴァン Audrey Diwan
アンヌ:アナマリア・ヴァルトロメイ Anamaria Vartolomei
ガブリエル(母):サンドリーヌ・ボネール Sandrine Bonnaire
リヴィエール(闇医者):アナ・ムグラリス Anna Mouglalis

2022年12月2日(金)Bunkamuraル・シネマ他全国順次公開

配給:GAGA

[公式HP] https://gaga.ne.jp/anokoto

 今年度のノーベル文学賞を受賞したアニー・エルノーの小説「事件」を映画化し、ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した話題作。

 人工中絶が法律で厳しく禁止されていた1960年代のフランス。大学生のアンヌは、教授からも一目置かれる頭脳明晰な女子大生である。だがある日、アンヌは妊娠していることが分かる。労働者階級の出身のアンヌはここで学業を中断し、将来を諦めるわけにはいかない。産婦人科に行き中絶を頼むが、法律違反で逮捕されることを恐れ、どの医師も引き受けてくれない。友人たちにも打ち明けられず、日に日にお腹は大きくなっていく。切羽詰まったアンヌは自分でなんとか堕ろそうと試みるが失敗する。最後の頼みの綱だったお腹の子供の父親に相談するが、終始逃げ腰で役に立たない。中絶できるリミットが迫る中、ついにアンヌは非合法の手段を選ぶ……。堕胎は罪だというカトリック精神に縛られ、罪に問われるのも、キャリアを諦めるのも、苦痛を被るのも女性だけという理不尽さを、監督のオードレイ・ディヴァンは糾弾している。主演は、わずか10歳のときに映画『ヴィオレッタ』で妖艶な美少女役を演じたアナマリア・ヴァルトロメイ。本作では、目をそむけたくなるような壮絶な体験を卓抜な演技力で表現し、セザール賞最優秀新人女優賞を獲得した。原題は原作と同じ、「L’Événement」(事件)。

【シネマひとりごと】

 本誌7月号で紹介したカンヌ国際映画祭パルムドール受賞の『チタン』に始まり、本作のヴェネチア国際映画祭金獅子賞、そしてベルリン国際映画祭金熊賞の『アルカラス』と、昨年から今年にかけて、世界三大映画祭の最高賞をすべて女性監督が制覇した。さらにアニー・エルノーがノーベル文学賞を獲得し、今、文化芸術部門は女性上位時代(!)がスパークしている。これは、#MeToo運動から始まる、女性の権利や解放を主張する風潮と全く無関係ではないだろう。本作でも、男性は情けない存在として描かれ、ヒロインの岩をも突き通す圧倒的な精神力が際立っている。主演のヴァルトロメイはもちろんだが、特筆すべきはモデル兼女優のアナ・ムグラリス演じる産婆ならぬ堕胎婆のカッコよさだ。独特のハスキーボイスで金属鉗子を操る姿に痺れてしまう。かくして最終的に主人公を助けたのもまた女性なのである。

 ディヴァン監督は自身の中絶経験から、エルノーの小説を読み、当時の状況への激しい怒りに駆られてこの作品を作ったという。かつて、『パリジェンヌのつくりかた』というご著書では、「交通違反をしても警察官に涙を見せればOK」とか「口では政治の話をしても、目ではセックスを語れ」……など、全パリジェンヌがひっくり返りそうな迷言を披露していたが……そんな黒歴史はさておき、監督の次回作は、あのレア・セドゥを主演に迎え、なんと『エマニエル夫人』のリメイクとのこと。チャタレイやデヴィを大きく引き離す夫人界のトップをどう演出するか。女性上位の強くしたたかな新エマニエルが見られそうだ。

◇初出=『ふらんす』2022年12月号

『ふらんす』2022年12月号「対訳シナリオ」で、映画の一場面の仏日対訳シナリオを掲載しています。

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著者略歴

  1. 中条志穂(ちゅうじょう・しほ)

    翻訳家。共訳書コクトー『恐るべき子供たち』、ジッド『狭き門』

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