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中条志穂「イチ推しフランス映画」

夢枕獏の小説を谷口ジローが漫画化した傑作のアニメ化『神々の山嶺』

映画『神々の山嶺』


© Le Sommet des Dieux - 2021 / Julianne Films / Folivari / Melusine Productions / France 3 Cinema / Aura Cinema

監督:パトリック・インバート Patrick Imbert
原作:夢枕漠 Baku Yumemakura
   谷口ジロー Jiro Taniguchi

2022年7月8日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開

*日本語吹替版のみの上映

配給:ロングライド、東京テアトル

[公式HP]longride.jp/kamigami

 夢枕獏のベストセラー小説を谷口ジローが漫画化した『神々の山嶺(いただき)』。この傑作がフランスでアニメーション化され大ヒットし、日本で待望の公開となった。

 雑誌カメラマンの深町誠はネパールのカトマンズで孤高の登山家、羽生丈二を見かける。羽生はイギリスの登山家マロリーのカメラらしきものを手にしていた。マロリーは、「なぜ山に登るのか そこに山があるから」という名言を残した人物で、1920年代にエベレスト登頂に挑んで行方不明となり、彼が登頂に成功したかどうかは謎だった。マロリーが登頂した瞬間の写真を残していれば、エベレスト初登頂の歴史を塗り替える大事件となる。深町は70年前の謎の鍵を握るそのカメラを手に入れたいと思い、エベレスト山麓に住む羽生を訪ねるが、羽生はある登山で仲間を死なせて以来、人との関わりを拒否していた。だが深町はあきらめず、エベレストのベースキャンプでひたすら羽生を待ち続け、ついに羽生が現れる。人類史上初の、難関ルートを辿る、冬の単独無酸素登頂に挑む羽生を、深町もカメラを携えて追うのだが……。本作には谷口ジローも製作に参加したが、2017年に69歳で亡くなった。自然への畏怖を感じさせる壮麗な山岳の映像や、実写では実現不可能な命がけの登攀(とうはん)シーンに圧倒される。セザール賞最優秀アニメーション映画賞受賞作。

【シネマひとりごと】

 本作はアート系アニメーション作品としてはフランスで異例のヒットとなった。フランスにおける漫画家・谷口ジローの人気の高さがうかがえる。谷口はフランスを始めとする欧州での評価がとても高い。アングレーム国際漫画祭の最優秀脚本賞受賞作『遥かな町へ』の発売部数は日本の2倍で、ベルギーで実写映画化もされた。この映画には谷口本人も特別出演している。また、2011年に谷口はフランス政府芸術文化勲章シュヴァリエ賞も受賞した。谷口はフランスのBD作家、エンキ・ビラルやメビウスに影響を受け、小津安二郎の映画から物語の描き方を学んだという。BDの緻密なタッチの印象を漂わせながら、小津安二郎のような日本的な日常のたたずまいを描くスタイルが、フランス人の感性に合ったのかもしれない。2017年に谷口が死去したときにはル・モンド紙でカラー1ページを割いて追悼記事が掲載されたほどだった。

 ところで本作の前には、岡田准一主演の『エヴェレスト 神々の山嶺(いただき)』(2016)という実写版もある。孤高のクライマー羽生を演じたのは阿部寛。古代ローマ人から、無精髭を生やした山の男まで、なぜかどの役もそれらしく見えてしまうという稀有な俳優だ。原作ファンから悲しみと怒りを買ったという実写版は見たいような見たくないような……と逡巡したが、阿部と岡田のW濃い顔が雪焼けでどす黒く変色してゆくさまが壮絶感増し増しだった。1927年にエベレストで行方を絶った実在の登山家ジョージ・マロリーは、1999年に遺体は見つかったもののカメラはまだ見つかっていない。本作と原作漫画と実写版映画における、そのカメラの謎の解釈は三者三様でじつに面白い。個人的には原作漫画がひときわ感動的だった。この映画を見た後でぜひ一読をおすすめしたい。

◇初出=『ふらんす』2022年7月号

『ふらんす』2022年7月号「対訳シナリオ」に映画の一場面の仏日対訳シナリオを掲載しています。

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著者略歴

  1. 中条志穂(ちゅうじょう・しほ)

    翻訳家。共訳書コクトー『恐るべき子供たち』、ジッド『狭き門』

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