オゾン監督がファスビンダー監督作を再構築『苦い涙』
映画『苦い涙』
© 2022 FOZ - France 2 CINEMA - PLAYTIME PRODUCTION © Carole BETHUEL_Foz
監督:フランソワ・オゾン François Ozon
ピーター・フォン・カント:ドゥニ・メノーシェ Denis Ménochet
シドニー・フォン・グラーゼナプ:イザベル・アジャーニ Isabelle Adjani
アミール・ベンサレム:ハリル・ガルビア Khalil Gharbia
2023年6月2日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
配給:セテラ・インターナショナル
[公式HP] www.cetera.co.jp/nigainamida
フランソワ・オゾン監督が、敬愛するR・W・ファスビンダー監督の映画『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』をもとに、女性同士の恋愛劇を男性同士に置き換えて再構築した作品。
1972年の西ドイツ。有名映画監督のピーター・フォン・カントは恋人に捨てられたばかり。従順な若い助手のカールを下僕のように扱いながら、仕事部屋を兼ねた住まいで暮らしている。ある日、失恋したピーターを心配して、親友の大女優シドニーがやってくる。シドニーは俳優志望の青年アミールをピーターに紹介するが、ピーターはひと目でこの青年に心を奪われる。まもなくピーターはアミールを自分の映画に起用し、愛人として家に住まわせる。月日が経ち、ピーターのおかげでアミールは新進俳優として注目され始める。だが、アミールは次第にピーターを弄ぶような態度になり、ピーターは嫉妬と猜疑に苛まれるのだった……。恋愛の力関係がもたらす残酷さや苦悩を、滑稽に転じるすれすれのところで描いた演劇的な映画。オゾンの『グレース・オブ・ゴッド』にも出演したドゥニ・メノーシェが、傲慢だが恋愛においては傷つきやすい主人公ピーターを巧みに(しかもファスビンダーそっくりに)演じている。また、オゾンの映画初登場のイザベル・アジャーニや、『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』でアミールにあたる役をつとめたハンナ・シグラも共演している。原題はPeter von Kant。
【シネマひとりごと】
主人公ピーターを演じたドゥニ・メノーシェは、巨漢といっていい体型の強面だが、本作ではねっとりとした視線を愛人に向け、すねて甘えたり、そうかと思うと嫉妬に身をよじらせる。この手の芝居はむしろ、イザベル・アジャーニが得意とするものだった。本作でアジャーニをひさびさに見たが、驚くことに顔の印象はほぼ30年前のまま。どちらでお直しになったのだろうか、役柄にもぴったりで、大女優の化け物感がよく出ていた。そしてオゾン監督といえば、はずせないのは踊りだ。毎度、あらゆる手段や状況で登場人物たちに踊らせているが、本作では主人公がシャツの前をはだけながら、レコードの曲(歌はイザベル・アジャーニ!)にあわせて踊る。観客を胸騒ぎさせるようなこの踊り、つい最近公開された松永大司監督『エゴイスト』で鈴木亮平もやってました。毛皮のコートをまとい、ちあきなおみの曲をバックに、うまいとはいえない歌を絶唱しながら前をはだけつつ踊る亮平。小指の先まで完璧なゲイ演技、それはそれは……素晴らしいものでした。
さて、オゾン監督がやりたかったことは踊りだけではない。今回ついにやってしまいました、聖セバスチャンの殉教byオゾン。腰巻一つの姿で、両手を頭上で縛られて体を矢に貫かれるこのポーズが、ある種の人々にとってどれほど心惹かれるものなのか、それはゲイの写真家ピエール&ジルの被写体や、自身もこのポーズをとって嬉々としてポートレートにおさまった三島由紀夫が証明してくれている。物語の終盤、メノーシェはこの殉教ポーズをとった愛人の特大ポスターに頬をすりよせ身悶える。この痛々しいほど純な乙女のメノーシェに共感できるかどうかはさておき、オゾン監督の歓喜の歌が聞こえてくるようだ。また、ただのひと言もしゃべらない助手役の美青年にもご注目。佇まいと所作が瞠目の美しさで、ご主人様に仕える下僕根性ぶりがそそられる。映画のラスト、そのご主人様に対する仕打ちはファスビンダーのオリジナルよりもオゾンらしく過激だ。
◇初出=『ふらんす』2023年6月号
*『ふらんす』2023年6月号「対訳シナリオ」で、映画の一場面の仏日対訳シナリオを掲載しています。