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中条志穂「イチ推しフランス映画」

2017年5月号 『午後8時の訪問者』



© LES FILMS DU FLEUVE - ARCHIPEL 35 - SAVAGE FILM – FRANCE 2 CINEMA - VOO et Be tv - RTBF

『午後8時の訪問者』
2017年4月8日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開中
 
+ Réalisateurs  Jean-Pierre & Luc Dardenne
+ Jenny  Adèle Haenel
+ Julien  Olivier Bonnaud
+ Le père de Bryan  Jérémie Renier


配給:ビターズ・エンド
公式HP : www.bitters.co.jp/pm8/
 

 カンヌ国際映画祭で2度のパルム・ドール(最高賞)を受賞した監督、ベルギーのジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ兄弟による心理サスペンスの秀作。

 女医のジェニーは、体調を崩した知人の老医師の代診として、郊外の小さな診療所に短期間、勤務することになった。ある夜、診療所のベルが鳴るが、出ようとする研修医ジュリアンを、ジェニーは診察時間をとうに過ぎているからと言って止めた。翌日、河川敷で、ある娘の遺体が発見されるが、防犯カメラの映像から、その娘は死ぬ直前、ジェニーの診療所のベルを鳴らしていたことが分かる。ジェニーは自分がドアを開けていれば助けられたかもしれないと後悔し、独自に事件の調査を始める。そして、ついに意外な真相にたどり着くのだが……。人間の内面をセリフではなく映像で直接描き出すダルデンヌ兄弟の演出が冴えわたった作品だ。どんな人間に対しても真摯に向き合う主人公ジェニーのひたむきさが心を打つ。原題はLa Fille inconnue(見知らぬ娘)。

 

【シネマひとりごと】

 ダルデンヌ兄弟の前作『サンドラの週末』は、理不尽なリストラにあったヒロインが、会社の出した解雇措置を撤回させるため、同僚たちにボーナスを諦めてもらうよう説得して回る話だった。これが自分だったら……という、想像するだにいたたまれない気持ちにさせられる役回りを、マリオン・コティヤールがノースリーブ姿で髪をふり乱し熱演していた。本作『午後8時の訪問者』は、ヒロインの女医がドアを開けさえすれば少女の命を救えたという物語。いつもながら、主人公に苛酷な負荷をこれでもかこれでもかとかけてくるダルデンヌ節である。しかも、『サンドラの週末』のコティヤールしかり、前々作『少年と自転車』で主人公に扮したセシル・ド・フランスしかり、ダルデンヌは女優を美しく撮ることには全く興味がない。本作で女医を演じたアデル・エネルは、またこの服かと思わせられるほど毎度同じ服。外国人俳優の顔はどれも同じようで見分けがつかない、という人にはじつに親切な監督ともいえる(笑)。そのぶん、ダルデンヌ作品では高い演技力が要求される。実際、本作でエネルはまさに化けた。かつて、あでやかな美貌の彼女は、『水の中のつぼみ』で早熟なティーンエイジャーを、また『メゾン ある娼館の記録』では官能的な娼婦を演じた。だが今回のエネルは、これ以上ないほど地味な、だが女医以外の何物でもない主人公を演じて、圧倒的な存在感を放っている。

 

◇初出=『ふらんす』2017年5月号

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著者略歴

  1. 中条志穂(ちゅうじょう・しほ)

    翻訳家。共訳書コクトー『恐るべき子供たち』、ジッド『狭き門』

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