白水社のwebマガジン

MENU

中条志穂「イチ推しフランス映画」

映画『人生、ただいま修行中』

映画『人生、ただいま修行中』


© Archipel 35, France 3 Cinéma, Longride -2018

+ 監督・撮影・編集:ニコラ・フィリベール Nicolas Philibert

2019年11月1日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開

配給:ロングライド

[公式HP]https://longride.jp/tadaima/

 フランスや日本で大ヒットした『ぼくの好きな先生』の名匠ニコラ・フィリベール監督の新作ドキュメンタリー。見習い看護師たちの医療現場を5か月にわたって粘り強く追いかけ、静かな感動を生み出している。

 パリ郊外の、とある看護の専門学校。ここでは、年齢・国籍・宗教などさまざまな生徒たちが看護師になるための訓練を受けている。手の洗い方から、医療器具の取り扱い、介助方法、患者の心のケアまで一通りの技術を学んだ後、彼ら彼女らはインターンとして実践の場に配属される。実習先は末期がん患者の緩和ケアや、小児科や、精神科の病棟などいろいろだ。看護師の卵たちは本物の患者を前にして、初めての採血や抜糸に戸惑う。緊張で固まった彼らを、先輩看護師がときに厳しく、ユーモアも交えて患者に対する心構えを指導する。やがて実習を終え、反省のための面談に入る。見習い看護師たちはそれぞれ胸に秘めた思いを語り始める……。フィリベール監督は自身の入院の経験から、人の命を預かる看護師の仕事への感謝と敬意の念からこの映画を製作した。初めての経験にもがき、失敗しながらも前に進む、見習い看護師たちの成長の姿が心を打つ。原題はDe chaque instant(どんなときでも)。

【シネマひとりごと】

 患者の脈がとれずに焦りながら血圧を何度も測りなおしたり、ガーゼをうまくつかめずにピンセットを手にまごつく見習い看護師たち……ニコラ・フィリベール監督は、そうした「間」を端折って編集することなく、被写体が体験しているのと同じ時間をカメラに収めている。ナレーションで説明せず、撮られる側にできるだけ近づき、温かく見守るような撮り方は、ドキュメンタリー映画に革新をもたらした。フィリベール監督の名前を一躍有名にしたのは『ぼくの好きな先生』だが、初めて日本に紹介された作品は今から約25年前の『音のない世界で』だった。フィリベールは、耳の不自由な聾者たちの手話による世界を描いて、音のない聾者の文化を、音が重要な要素を占める映画で生き生きと表現した。続く『すべての些細な事柄』は、精神病院の患者たちによる演劇上演までの日々を題材とし、患者と看護人と医者が分け隔てなく、ともに演劇を作り上げる姿をありのままにカメラにおさめた。かのゴダールも「最近見た中で一番好きな映画」とインタビューで答えていた。

 この2 作品をいち早く見出し、日本に紹介したのは、去る6 月に逝去された吉武美知子さんである。「オヴニー」紙の映画紹介でご存知の方も多いだろう。フランスと日本の映画の橋渡し的なコーディネーターをつとめ、近年はプロデューサーとして、諏訪敦彦監督の『ユキとニナ』『ライオンは今夜死ぬ』や、黒沢清監督『ダゲレオタイプの女』などを手掛けた。筆者はシリル・コラール監督『野性の夜に』で吉武さんと仕事をご一緒したことがある。一度惚れ込んだフランス映画を日本で公開することに惜しみなく尽力する、真の映画愛に溢れた方だった。吉武さんの葬儀はパリのペール・ラシェーズ墓地で行われ、ジャン=ピエール・レオーやイポリット・ジラルド、ギヨーム・ブラックら多数の映画関係者が列席し、フィリベール監督が弔辞を述べた。昨年亡くなった字幕翻訳家の寺尾次郎さんに続き、フランス映画界の大きな財産が失われてしまった。心よりご冥福をお祈りしたい。

◇初出=『ふらんす』2019年11月号

『ふらんす』2019年11月号「対訳シナリオ」で、映画の一場面の仏日対訳シナリオを掲載しています。

タグ

バックナンバー

著者略歴

  1. 中条志穂(ちゅうじょう・しほ)

    翻訳家。共訳書コクトー『恐るべき子供たち』、ジッド『狭き門』

フランス関連情報

雑誌「ふらんす」最新号

ふらんす 2024年4月号

ふらんす 2024年4月号

詳しくはこちら 定期購読のご案内

白水社の新刊

中級フランス語 あらわす文法[新装版]

中級フランス語 あらわす文法[新装版]

詳しくはこちら

ランキング

閉じる