第2回 アイルランド語編
Ciao! 白水社語学書編集部の(鷲)です。
「語学書編集部員がニューエクスプレスプラス1ヶ月でやってみた」の企画も、早くも2回目の挑戦となりました。白水社の語学入門書シリーズ「ニューエクスプレスプラス」をもっと周知してもらおうという魂胆で、遊び半分で始めた企画なのですが、大変さと反響が予想以上でした。前回の第1回ではフィリピノ語を学習しましたが、そのユニークさに魅了されつつ翻弄され、そして今ではすっかり忘れてしまいました。語学は長いスパンでやらなければ身につきませんが、まさに特急(エクスプレス)スピードで知らないことばに触れるというのも乙なもので、「1ヶ月でどこまで理解できるか」がこの企画の主旨となっております。
さて、本連載2回目の挑戦言語は……
アイルランド語!!!
第1回目のフィリピノ語編では、私の意志が尊重され、自由に選ぶことができたのですが、今回のアイルランド語は先輩が勝手に選びやがりました。大人の事情ってやつです。さすがに少しぐらい候補を挙げてくれるのかなと思ったら、挑戦を始める1週間前に突然手渡された次第です。……そこに愛はあるんか?
ただ人の心は持ち合わせていたらしく、ラテン文字の言語を選んでくれました。独自の文字が200以上もあるアムハラ語などを渡してきていたら、労基沙汰になっていましたね(アムハラ語そのものは大変素晴らしい言語です)。
内輪話はさておき、「アイルランド」と聞けばシャムロックやラグビーなどが思いつきますが、不勉強なもので「アイルランド語」と聞いてもさっぱりイメージがわきません。どちらかと言えばアイルランド英語の方が親しみがある、という方も多いでしょうか。
そこで冒頭のことばの概要ページを読んでみます。アイルランド語は、インド・ヨーロッパ語族のケルト語派に属する言語で、ヨーロッパだとギリシア語・ラテン語に次いで古い文献が残る言語だそうです。また、近代化と英語の波に押されて母語話者数は随分と減ってしまったものの、町中にアイルランド語と英語のバイリンガル表記がなされ、義務教育でも教えられているとのこと。
アイルランドの土地に根差した、人々の誇りのことばということで、ぜひマスターして現地を訪れてみたいものです。アイリッシュパブでウイスキーをちびりながらフィドルの音色に酔いしれようではありませんか。そしてなぜ上司がアイルランド語を選んだのか、解明したいと思います。
それでは今回も証拠写真とともに、20日間にわたる挑戦の記録をどうぞ!
1日目 第1課 3月3日(月)
「ニューエクスプレスプラス」シリーズ定番の挨拶の表現からスタートです。
Dia duit. こんにちは(直訳:神をあなたに)。
ジア グッチ
Dia is Muire duit. (返答で)こんにちは(直訳:神とマリアをあなたに)。
ジアス ムィレ グッチ
キリスト教の影響が垣間見られますね。私のような洗礼を受けていない異教徒が気軽に口に出してよい挨拶なのでしょうか。
文法面もちょっとご紹介。名詞の性には男性と女性があり、基本語順はVSOの言語だそうです。第1回で学んだフィリピノ語も語順がかなり難しく、VSOだったので、ややトラウマの語順です。
そして前置詞が人称によって変化する、というのが文法面で非常にユニークな特徴です。挨拶のDia duitのduitは前置詞do「~へ」の二人称単数の形で、相手が複数いる場合はdaoibhのように変化します。
なんだか文法面でも発音面でも、今まで見てきたヨーロッパ系言語とかなり違う印象です。ゲルマン系やラテン系言語の類推も利かなそうで、かなり不安なスタートとなりましたが大丈夫なのでしょうか……?
2日目 第2課 3月4日(火)
綴りと発音の乖離がすさまじく、顔が引きつってしまいます。
Cén chaoi a bhfuil tú ? ご機嫌いかがですか?
という一文に「ケン ヒー ウィル トゥー」としかルビが振られていません。音声を聞いても本当にそんな感じです。綴りと発音にある程度のパターンはあるものの、例外も多いらしく、発音がこの言語の最大の難所であると思われます。
英語も発音の通りに綴らないことがほとんどですが、まさかその隣にもっととんでもない奴が潜んでいたとは驚きです。とにかく単語をそのまま読んで綴りを覚える(baseballを「ばせばじゅういち」と読むみたいな)、中学生時代の勉強法で頑張ります!
3日目 第3課 3月5日(水)
出身地の言い方を学びました。
Is as an tSeapáin mé. 私は日本出身です。 イス アス アチャポーィン メー
「日本」はアイルランド語でAn tSeapáin(アチャポーィン)です。かわいいね~。あちゃぽーぃん。冒頭のanは定冠詞で、国名につく場合もあるようです。そして定冠詞をつける際は、語頭の音の種類によってtやhを挿入するようです。ただでさえ発音が難しいのに、さらに発音がややこしくなる図々しいルールが課せられてしまいました。
ちなみに、アイルランドの首都はダブリンで、英語でもDublinですね。しかし、アイルランド語ではBaile Átha Cliath(バリャークリーァ)という呼称だそうで、もうどこから突っ込んでいいのかもわかりません。
4日目 第4課 3月6日(木)
人の紹介や描写の仕方について学びました。粗相のないように、相手の名前を正確に発音できるようになりたいものです。
アイルランドの人々の名前は欧米圏でよく聞く聖人系の名前が多いようです。今回のスキットにでてくるアイルランド人青年の名前はショーン。綴りはSéanで、Johnのアイルランド語版と思われます。また、Micheálはマイケルではなく「ミホール」、Máireはメアリーではなく「モーィレ」と発音するようです。
名字ではÓやMacが付くことがよくあるそうで、それぞれ「孫」、「息子」という意味だそう。確かに、アイルランド系やスコットランド系の俳優の名前でもよく聞くような気がしますね。
5日目 第5課 3月7日(金)
アイルランド語では存在動詞táがとても幅を利かせています。
Tá mé ansin. 私はそこにいます。
このように存在や物の所有を表すのが主な役割です。しかし、
Tá a fhios agam. 私は知っています。
Tá Gaeilge agam. 私はアイルランド語ができます。
のように、「私には知識がある」、「私にはアイルランド語がある」と知識や芸を表すのにも使用されるようです。現在進行形もこれを使うらしく、その乱用っぷりは目に余るものがあります。これを便利と思える日が来るのでしょうか。
6日目 第6課 3月10日(月)
アイルランド語の数詞を学びました。アイルランド語で1から10は
a haon, a dó, a trí, a ceathair, a cúig, a sé, a seacht, a hocht, a naoi, a deich
と数え、ヨーロッパ系言語の学習者にはおなじみのあいつらに似ています。第6課まで来て、あまりヨーロッパの言語っぽく見えないな~と感じていたので、ここにきて少しは覚えやすさにブーストがかかりそうです。
7日目 第7課 3月11日(火)
アイルランド語は方言差がかなり激しく、確立された標準語もないそうです。
「アイルランド語」
コナマーラ方言 Gaeilge ゲーィルゲ
ドニゴール方言 Gaeilic ゲーリック
マンスター方言 Gaelainn グェーリン
再三発音が大変と言っておりますが、さらにこれだけバラエティがあるとなかなか学習者泣かせですね……。
ちなみに本書ではもっとも多くの母語話者がいるこのコナマーラ方言のネイティブスピーカーと、学校教育で習得した話者のお二方が音声を吹き込んでくださっているようです。確かに、素人なりにもなんとなく言い方に差があるのが感じられます。1冊の中で方言差を感じられる語学書もなかなかレアですよ。ぜひ聞いていただきたいものです。
8日目 第8課 3月12日(水)
ついに本格的な動詞の学習が始まりました。アイルランド語の規則動詞は2種類のタイプがあり、1音節か2音節かで判別できるとのこと。でも綴りと発音が随分違うので、即座には判別が難しい、素人にはやさしくないシステムではないでしょうか。
フィリピノ語編では動詞に随分と苦しめられましたが、印欧語はだいたい動詞の活用が複雑ですので、同じ様な受難の道がすでに見えています。
9日目 第9課 3月13日(木)
所有形容詞について学びましたが、この日は映画を観て帰った後、興奮冷めやらぬ中の勉強でしたので、全く頭に入ってきませんでした。意識がどちらかというとアイルランドではなく香港にありました。
Cé hé sin? それは誰ですか?
ケー ヘー シン
という表現もなんとなく声調言語っぽく聞こえはじめ、混乱状態の中にありました。でも実際そこまでこじつけでもないような気も……。
10日目 第10課 3月14日(金)
この日のスキットはパブが舞台です。アイルランド語を学ぶからには、やはりアイリッシュパブでビールの1杯や2杯頼めるようになりたいものですね。
Ba mhaith liom pionta Ghuinness más é do thoil é. ギネスを1パイントお願いします。
ボワーリョム ピョンタ グィネス マーシェドヒレ
綴りさえ無視すればそこまで難しい発音ではないでしょうか。pionta=パイントはイギリスとその周辺で用いられる単位で、1パイントは約568mLに相当します。
Ba mhaith liom が「私には~があれば……」という条件法の用法です。「~が欲しい」という文脈で注文する際など色々と応用できそうですね。
11日目 第11課 3月17日(月)
奇しくもこの日は、「セントパトリックスデー」でアイルランドにおいて大切な祝祭日です。アイルランドにキリスト教を広めた聖パトリックさんの命日だそうで。もしかしてこれを見越して上司はアイルランド語を選んだのでしょうか? 謎が1つ解き明かされました。
というわけでお祝いフレーズをどうぞ。
Lá Fhéile Pádraig sona duit! ハッピーセントパトリックスデイ!
アイルランド語ではPádraigと綴られ、「パーリック」のような発音になります。
ところでシリーズのお約束上、今回からカナルビが消えてしまいます。発音がここまで予測不可能な言語で、これ以上不安なことはありませんが大丈夫なのでしょうか。
12日目 第12課 3月18日(火)
アイルランド語に不規則動詞はたったの10個しかないようです。ヨーロッパ系の言語には不規則動詞が大量にあるのが当たり前だと思っていましたので、かなり拍子抜けしてしまいます。しかし、喜びもつかの間、巻末の変化表を見るとあまりにも不規則な変化をしていたのでそっと本を閉じました。
「言う」
辞書系/命令形 abair 過去形 dúirt 未来形 déarfaidh 動名詞 rá
13日目 第13課 3月19日(水)
動名詞の作り方や存在動詞táの特殊な活用、さらに前置詞の人称変化もガンガンでてきます。もうすでに多頭飼育崩壊を起こしているので、なんとも思わなくなりました。フィリピノ語の時もそうでしたが、とにかくキーフレーズで出てきた表現を覚えようという方向にシフトした方が気が楽ですね。
14日目 第14課 3月20日(木)
この日は春分の日です。昼夜の長さがほぼ同じになって世間が大盛り上がりしていても、語学に休みはありません。
スキットでは、ショーンがハーリングの試合観戦に友人を誘います。初耳すぎるスポーツです。どうやらアイルランドの国民的スポーツで、スティックとボールを使って点を競う競技らしいです。Wikipediaでルールを読んでも、これハリー・ポッターのクィディッチじゃね?という感想しか出てきません。そして、アイルランド語ではiománaíocht(ウマーニアハト)と呼称なうえに、さらに女子ハーリングはcamógaíocht(カモーギアハト)と名称が異なるという仕様。実際の映像を見てみると、なかなか激しいスポーツです。シニアになったらゲートボールじゃなくてハーリングをしようと思います。
15日目 第15課 3月21日(金)
動詞の過去形を学びました。規則動詞の過去形は、辞書系の語頭の音を変化させるだけで作れるというやさしいルールをいただきました。人称による変化もありません。今回も挑戦の後にテストが待ち構えていますが、ヤマを張るならここでしょうか。
16日目 第16課 3月25日(火)
単数属格形の作り方を学びました。アイルランド語では名詞の格変化が属格形にしかほとんど残っていないそうです。ヨーロッパ系の言語は格変化が大変でいやだ、という学習者にとっては朗報ですね。
ただ、属格形の変化にはかなり複雑なルールがあり、ここでは仔細を述べるのはやめておこうと思います。実際に本書をお手に取ってみて、絶望してみてくださいね。
17日目 第17課 3月26日(水)
形容詞の比較級を学びました。比較級と最上級の形は同じですが、作り方がやはり一筋縄ではいきません。これもパターンがたくさんあるタイプです。
ここまで学んでみて、やはり発音と綴りが簡単なことがいかにありがたいかを身に染みて感じています。どちらも複雑だと、言えないし書けないという状態になってしまい、記憶に定着しづらい気がします。いつもより覚えが悪いのですが、テストは大丈夫なのでしょうか?
18日目 第18課 3月27日(木)
今まで取り組んできた中で一番時間がかかりました……。練習問題がもりもりたくさんあって、気づいたら日付が変わろうとしていました。過去の自立形や動形容詞などと言われるものをせっせとつくっているだけで、かなり疲れてしまいました。毎回、だいたい夜の就寝前に学習しているのですが、語学をやってからすぐに寝るとめちゃくちゃ寝つきがいいです。もはやこの瞬間を楽しみにやっている節があります。
19日目 第19課 3月28日(金)
動詞の条件法を学びました。条件法が出てくる=終盤ですね。一人称・二人称単数と三人称複数だけ人称変化があるという謎仕様です。
スキットには名詞の呼格形もでてきます。人に呼び掛ける際に使う形(属格単数形と同じ)ですが、Séan(ショーン)がa Shéain(アヒョーイン)になるなど、簡単に人を呼ぶこともままなりません。
20日目 第20課 3月31日(月)
ついに最終日を迎えました。スキットでも別れや感謝を伝える表現を主に学びます。
Mura mbeifeá ann, ní éireodh liom Gaeilge a fhoghlaim.
もしあなたがいなかったなら、私はアイルランド語の学習に成功していなかったでしょう。
なんていう素敵なフレーズもいただきました。ありがとう『ニューエクスプレスプラス アイルランド語』。あなたのおかげで、ここまでやってこれました。ただしこれを正しく発音できる自信もなければ、作文する力も身についていません。このままでは読者のみなさんに「難しい言語」という印象が残ってしまうかもしれません。なんとか腕試しのテストで挽回して、「1ヶ月でここまでできるんだ!」とアイルランド語のとっつきやすさをアピールしたいと思います。
腕試し
58点
すみません、ただただ難しい言語でした。点数は前回のフィリピノ語よりも1点アップしましたが、非常に微妙です。動詞の活用はまったく覚えきれていなかったので、見るも無残な結果になっております。
綴りを思い出すこと自体が一苦労で、これにリスニング問題まで用意されていたら相当厳しい点数になっていたのではないでしょうか。学習中も、カナルビがなくなって以降は雰囲気で発音していた感が否めません。本書では冒頭で発音の規則がしっかり紹介されているので、本格的に学習したい方はこちらを熟読されることをお勧めします。
今回の「腕試し」もお配りします。「アイルランド語1ヶ月チャレンジ」に挑戦してみたいという酔狂な方は、ぜひダウンロードして解いてみてください。
挑戦を終えて
ここまで読んでいただいたみなさま、お時間割いていただきまして本当にありがとうございました。エアコンのフィルター掃除とか、もっと他にやるべきことがあったんじゃないでしょうか。
ともかく、こうして無事に1ヶ月諦めずに終えられましたので、総括してみます。
腕試しの結果から言うと、『ニューエクスプレスプラス アイルランド語』は1ヶ月で、
だいたい6割ぐらい全体像をつかめる
ことがわかりました(個人差による・要出典・要ファクトチェック・コミュニティノート不可避)。
身をもって学んだのが、発音と綴りが一致しているということは大変ありがたいことだということです。今回はあまり単語や動詞の活用語尾を覚えられなかったのですが、発音するように綴るか否かは、単語の覚えやすさをかなり左右する要因かと思われます。
文法は印欧系の言語ということで、そこまで抵抗なく受け入れられた部分もありましたが、今まで習ったドイツ語やフランス語とは全く異なり、類推があまり利きませんでした。とはいえ、英語が母語のアイルランド人でも学校教育で苦労するらしいので、母語にかかわらず誰にとっても難しい言語なのではないでしょうか……。
チャレンジ後に某緑のフクロウの言語学習アプリでも始めてみたのですが、本書で学んだ表現とちょっと違う部分もあり、やはり何を標準とするかに揺れがあるようですね。私はとにかく綴りを間違えまくるのですぐにハートがなくなってしまうのですが、少しだけ触れてみたいという方はぜひお試しあれ。
いずれにせよ、アイルランド語を学んでおけば、今後この世のどんな発音と綴りの乖離が著しい言語が来ても怖くありません。予防接種みたいな言語です。英語の綴りが以前よりも易しく感じられること間違いなしです! この勇気と希望をもらえただけでもやった甲斐がありました。
さて、今回も長くなりましたが、アイルランド語編はこれにて終了です。長文・駄文に最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
本記事で興味がわいたという方はぜひ『ニューエクスプレスプラス アイルランド語』をお手に取ってみてください。実用的な会話とともに学べる参考書は今のところ日本では少なく、貴重な1冊となっております。1ヶ月で習得する必要はないので、あいさつや簡単な表現だけでも習って、ぜひ「ゲールタハト(アイルランド語使用地域)」へ! 旅行者が少しでも話すと現地の人に喜ばれるとか。本書スキットは旅行に役立つフレーズが満載ですよ。
フィリピノ語、アイルランド語に続く、第3回目の言語もおっかない反面、期待に胸が膨らみます。次回更新はまた2ヶ月後です。お楽しみに!