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中条志穂「イチ推しフランス映画」

映画『真実』

映画『真実』


© 2019 3B- 分福-MI MOVIES-FRANCE 3 CINEMA

+ 原案・監督・脚本・編集:是枝裕和 Kore-eda Hirokazu
+ ファビエンヌ:カトリーヌ・ドヌーヴ Catherine Deneuve
+ リュミール:ジュリエット・ビノシュ Juliette Binoche

2019年10月11日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国順次公開

配給:ギャガ

[公式HP]gaga.ne.jp/shinjitsu/

 『万引き家族』でカンヌ国際映画祭のパルムドール(最高賞)を受賞した是枝裕和監督の最新作。フランスを代表する二人の女優、カトリーヌ・ドヌーヴとジュリエット・ビノシュを母娘に据えて撮りあげた、世界が待望する受賞後初の是枝作品である。

 国民的大女優のファビエンヌが自伝『真実』を出版することになり、娘のリュミール一家がお祝いにやってくる。リュミールはアメリカで脚本家として活躍しており、久々の帰郷だった。だが、ファビエンヌの都合のいいように書かれた自伝を読み、今までわだかまっていた母への複雑な思いが爆発する。そんなとき、長年ファビエンヌの秘書をつとめたリュックが突然辞職を宣言し、リュミールはリュックの代わりに母親の映画の撮影に同行せざるをえなくなる。その映画は母娘の絆を描いた風変わりなSF作品で、共演の若い女優は、ファビエンヌの亡き友人サラによく似ていた。サラが亡くなったのは母親のせいだと思い続けていたリュミールは、その怒りを家族の夕食の席で母親にぶちまける……。家族の物語を丹念に映像化してきた是枝監督が、全編パリでロケ撮影を行い、フランス語で撮った意欲作。練り上げられた脚本が、各登場人物の心情を鮮やかに浮かび上がらせ、それぞれの人の真実に優しい眼ざしを向けている。原題はLa Vérité(真実)。

【シネマひとりごと】

 本作のヒロインはここ最近のドヌーヴのイメージにぴったりの、気まぐれで傲慢な大女優。冒頭のインタビュー場面から、その存在感に圧倒される。だが、是枝監督は記録映画出身ならではの臨場感で、ドヌーヴがかつてみせたことのないお茶目な一面をすかさず引き出している。物語は家族の複雑な関係に焦点をあてるが、感情の衝突は抑え気味に、たくみなセリフまわしの中に、軽快なユーモアやエスプリをほどよく効かせている。また、現実と虚構を行き来する女優という職業の奥深さに分け入り、虚実皮膜というべき「真実」の細やかな表情に迫っている。是枝作品では、家族がともに料理の支度をし、食卓を囲む場面が多い。『歩いても歩いても』のとうもろこしの天ぷら、『海よりもまだ深く』のカレーうどん、『万引き家族』の鍋料理……美味しそうな数々の場面が、にぎやかな食事の音とともに目に浮かぶ。本作でも、子どもがチーズをすりおろす手伝いをし、家族でパスタ料理を食べる。土地は違えど、食卓を囲んだ家族の営みは変わらない。こんなところにも是枝作品らしい味わいが感じられる。

 是枝作品のファンと公言する韓国の人気俳優カン・ドンウォンは、是枝作品とは「アジアの映像のテロワール」だと語っている。テロワールとはもともと「土地」のこと。特に、ワインを生み出す産地のことを意味するが、カン・ドンウォンは、その土地特有のしるしを刻み込むことができる映像という意味で使っている。それでは是枝監督がアジアから離れた今回の作品はどういう真実をもたらしたのか? フランスという土地で、フランス語で作られた『真実』だが、木々のゆらぎからフライパンで炒めるベーコンの音にいたるまで、是枝作品のエッセンスとも言うべき生命の感覚が刻み込まれている。是枝裕和というテロワールで収穫・醸造されたフランスワインの円熟味を、みなさんもぜひ味わってみてほしい。

◇初出=『ふらんす』2019年10月号

『ふらんす』2019年10月号「対訳シナリオ」で、映画の一場面の仏日対訳シナリオを掲載しています。

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著者略歴

  1. 中条志穂(ちゅうじょう・しほ)

    翻訳家。共訳書コクトー『恐るべき子供たち』、ジッド『狭き門』

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