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中条志穂「イチ推しフランス映画」

パトリス・ルコント監督×ジェラール・ドパルデュー主演『メグレと若い女の死』

映画『メグレと若い女の死』


© 2021 CINÉ-@ F COMME FILM SND SCOPE PICTURES

原作:ジョルジュ・シムノン Georges Simenon
監督・脚本:パトリス・ルコント Patrice Leconte
メグレ:ジェラール・ドパルデュー Gérard Depardieu
ベティ:ジャド・ラベスト Jade Labeste

2023年3月17日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開

配給:アンプラグド

[公式HP] https://unpfilm.com/maigret/index.html

 ジョルジュ・シムノンの大人気小説「メグレ警視」シリーズの一作『メグレと若い女の死』を、パトリス・ルコント監督が独自に翻案した重厚なミステリー。ジェラール・ドパルデューが堂々たるメグレを演じている。

 1953年のパリ。モンマルトルでドレス姿の若い女の刺殺死体が発見される。身元を特定するものは何もなく、他の所持品と比べて明らかに不釣り合いな高級ドレスが唯一の手がかりだった。事件を依頼されたメグレ警視は、被害者がなぜ高級ドレスを身に着けていたのか、捜査を進める。まもなくメグレは、殺された娘とルームシェアをしていた女優志望の娘ジャニーヌにたどりつき、殺された娘の名もルイーズだと判明する。さらにメグレは、ルイーズが殺された日、彼女がジャニーヌの婚約パーティを訪れていたことを突き止める。そんなおり、メグレは町で万引きをしようとしていた娘ベティを見出す。ベティはルイーズによく似ていた。メグレはベティの協力を得て、巧妙に隠された事件の真相に迫る。やがて、歪んだ欲望の犠牲となったルイーズの姿が浮かび上がってくるのだった……。大ヒット作『仕立て屋の恋』でもシムノン作品を映画化したルコント監督が、シムノン独特の陰鬱な世界観を幻想的ともいえる映像美で描きあげている。

【シネマひとりごと】

 ベルギー出身のジョルジュ・シムノンの「メグレ警視」シリーズは、シャーロック・ホームズと並んでミステリーファンに人気が高い。ただ、ホームズが鮮やかな推理を駆使する名探偵なのに対し、メグレは謎解きよりも、ひたすら人間への洞察を深めて犯人を追い込むスタイルだ。部下とともに歩き回って事件の背景をさぐり、メグレ夫人の鋭い考察をヒントに、持ち前の直感力でじわじわと核心に迫ってゆく。シムノンの原作でメグレは100キロの巨漢ということで、本作のメグレを演じたジェラール・ドパルデューはぴったりな設定だ。今まで、ピエール・ルノワール、ジャン・ギャバン、最近ではローワン・アトキンソンなど、多くの俳優がメグレを演じたが、その中では体格的に一番しっくりくる。さらに、今回のドパルデューのメグレはルコントの陰鬱な、くすんだ色彩をバックに、じつに渋く、哀愁漂う味わいを出している。アトキンソンの演じるメグレも、たいそう落ち着いていたが、Mr.ビーンがちらついてしまい、いつか変顔をするのではないかとこちらが落ち着かなかった。映画と原作(平岡敦氏による新訳が映画公開に合わせて刊行)を比べると、田舎から出てきた二人の娘の運命の明暗をめぐる大筋以外は全くの別物といっていい。しかも原作にはないキーパーソンとなる第三の女も登場させ、色々な謎めいたタイプの女性を描きたいルコントらしいつくりとなっている。ところで原作者シムノンによれば、メグレ夫人のイメージに一番近いのは日本の市原悦子だったという。これが今やどこを探しても映像がない。1978年に放映された『東京メグレ警視シリーズ』のキンキンこと愛川欽也のメグレ&悦子の名コンビ、なんとかして見られないものだろうか……。

◇初出=『ふらんす』2023年3月号

『ふらんす』2023年3月号「対訳シナリオ」で、映画の一場面の仏日対訳シナリオを掲載しています。

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著者略歴

  1. 中条志穂(ちゅうじょう・しほ)

    翻訳家。共訳書コクトー『恐るべき子供たち』、ジッド『狭き門』

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