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中条志穂「イチ推しフランス映画」

アトリエを舞台にした感動の物語『オートクチュール』

映画『オートクチュール』

© 2019 - LES FILMS DU 24 - LES PRODUCTIONS DU RENARD - LES PRODUCTIONS JOUROR

監督・脚本:シルヴィー・オハヨン Sylvie Ohayon
エステル:ナタリー・バイ Nathalie Baye
ジャド:リナ・クードリ Lyna Khoudri
カトリーヌ:パスカル・アルビヨ Pascale Arbillot

2022年3月25日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開

配給:クロックワークス、アルバトロス・フィルム

[公式HP]hautecouture-movie.com

 ディオールのアトリエを舞台に、引退間際の誇り高いお針子と、下層階級の移民の娘が、互いの偏見や境遇を越えて心を通い合わせる感動の物語。

 ディオールのオートクチュール部門でお針子の責任者として働くエステルは、ある日、地下鉄でバッグをひったくられる。数日後、郊外の団地出身のジャドという不良娘がバッグを返しにやってくる。エステルはジャドの器用そうな手を見て、お針子としての才能を直感し、警察に突き出さず、自分の職場で見習いとして仕事をしてみないかと誘う。さほど気のりしないまま見習いとして働き始めたジャドだったが、物を作ることの面白さを次第に発見する。だが、手癖の悪さからアトリエのものを盗んだり、同僚へ暴言を吐いたりと、トラブルがつきない。ジャドは鬱病のわがままな母親の世話もあり、エステルの厳しい指導にくじけそうになるが、職人技を習得することの誇りと覚悟を教えられ、成長してゆく。一方、エステルは仕事にのめり込んで一人娘と絶縁状態だったが、ジャドのおかげで頑なな心が解け、娘との関係を修復しようとしていた。だが、お針子としての最後のショーが目前に迫ったある日、ストレスで倒れてしまう……。オートクチュールの華やかな世界と、郊外の団地の貧困を鋭く対比させ、その垣根を超える仕事への使命感の美しさを描いている。73歳になる女優ナタリー・バイの名演が光る。

【シネマひとりごと】

 本作で不良娘を演じたリナ・クードリは、アルジェリア出身のエキゾチックな顔立ちの人気若手女優で、話題作『GAGARINE/ガガーリン』にも出演している。『ガガーリン』は、解体寸前の、パリ郊外の団地に住む移民系青年の切ない心情を幻想的に描き、郊外団地の新たな一面を提示した。ひとくくりに移民出身といっても実情はさまざまで、移民同士でも多様な偏見や格差がある。本作でも「移民じゃないフリをしている」と相手を批判したり、「移民のくせにパリに住めるわけがない」と、移民同士で足を引っ張り合う場面がある。郊外の団地に住む人間=移民系の貧乏人という構図ができており、そこから抜け出すことなどできないという諦めの雰囲気と、やり場のない怒りのくすぶる状態が数十年前から続いている。本作は、そんな境遇から一流ブランドのオートクチュールのアトリエという、全く縁のない世界に足を踏み入れる娘の話だ。最初は、ナタリー・バイ演じる主人公から「団地の貧乏人」と言われ、観る者は一流ブランド店の前で逡巡する移民娘の場違いぶりに居心地の悪さを感じ、その格差の対比に複雑な思いになる。だが、決して交差することのない二人の人生が、美を創造するという同じ使命をもつことで、重なり合っていくさまに心を動かされる。主人公はラストで、夜の闇にそびえ立つ郊外の団地の窓の明かりを見て夢のように美しいとつぶやく。パリ中心部のオレンジ色にライトアップされた歴史的建造物も趣きがあるが、蛍光色の白っぽい光を放つ団地の、近未来風のノスタルジックな佇まいも夢幻的な美しさがある。『ガガーリン』と本作は、貧困の象徴とされる郊外団地の、新たな魅力を示した作品と言える。

◇初出=『ふらんす』2022年3月号

『ふらんす』2022年3月号「対訳シナリオ」で、映画の一場面の仏日対訳シナリオを掲載しています。

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著者略歴

  1. 中条志穂(ちゅうじょう・しほ)

    翻訳家。共訳書コクトー『恐るべき子供たち』、ジッド『狭き門』

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