証言と秘蔵映像で解きあかすドキュメンタリー『ジャン゠リュック・ゴダール 反逆の映画作家』
映画『ジャン゠リュック・ゴダール 反逆の映画作家』
©10.7 productions/ARTE France/INA – 2022
監督:シリル・ルティ Cyril Leuthy
出演:マーシャ・メリル Macha Méril
出演:ティエリー・ジュス Thierry Jousse
出演:ナタリー・バイ Nathalie Baye
2023/9/22(金)より新宿シネマカリテ、シネスイッチ銀座、ユーロスペース、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
配給:ミモザフィルムズ
[公式HP]mimosafilms.com/godard/
昨年9月に91歳で自ら安楽死を選択したジャン゠リュック・ゴダール監督。その強烈な個性と映画人生を、彼を知る人々の証言や秘蔵映像で解きあかすドキュメンタリーである。
本作は、1960年の長編デビュー作『勝手にしやがれ』から『ゴダールの映画史』までの流れを扱っている。『気狂いピエロ』はヌーヴェル・ヴァーグの最高傑作とされたが、『中国女』を発表した頃からマルクス・レーニン主義に傾倒して数年間は政治的な映画を作った。その後再び商業映画に戻って、『カルメンという名の女』でヴェネチア国際映画祭の金獅子賞を受賞し、世界映画の最前線に返り咲く。さらに10年以上かけて渾身の『ゴダールの映画史』を完成させるなど、彼の作品の全貌が見渡せるつくりになっている。監督はドキュメンタリー作家として高い評価を得ているシリル・ルティ。ゴダールの作品の映像を挿入しながら、批評家をはじめ、彼の映画に出演した女優らへのインタビューや、ゴダールの家族の貴重な証言も交え、この映画作家の一筋縄ではいかない複雑な人間性や、映画作りの確固とした姿勢を明らかにしている。ゴダールへの理解を深めるための最適のドキュメンタリーだ。原題は「Godard seul le cinéma(ゴダール、映画だけが)」。
【シネマひとりごと】
21世紀に入ってエリック・ロメール、クロード・シャブロル、ジャック・リヴェット、アニエス・ヴァルダに続き、ヌーヴェル・ヴァーグの監督で一番長生きだったゴダールも昨年亡くなった。ゴダールのかつてのミューズ、アンナ・カリーナやアンヌ・ヴィアゼムスキーもこの世を去り、ヌーヴェル・ヴァーグは遠い過去になってしまったと感じる。だが、このドキュメンタリーでも見られる、初期のゴダール作品の断片はまったく古びていない。常に時代の先、世界の行く先を見て、人々を驚かせる映画作りをした。それでいて人々に注目されると称賛をまともに受け取らず、人々がそっぽを向くとまた注目させたくて奮起する、という印象があった。本作で、ゴダールのことをとても親切だと語る人がいる一方、機嫌を損ねないようにするのが大変だったという人もいる。アザナヴィシウス監督の『グッバイ、ゴダール』でも明らかにされていたが、かなり子供じみたところもある巨匠だったようだ。アニエス・ヴァルダ監督のドキュメンタリー『顔たち、ところどころ』では、90歳に近いヴァルダがわざわざゴダールの住むスイスのロールまで彼に会いにいくが、家の扉は閉ざされたまま、という場面がある。とても悲しくなるシーンだ。だが本作を見ると、ゴダールは幼いころから自分で作り出した隔離状態に身を置き、人には会わず、人と交わるのは映画を撮るときだけと語っている。その一方で、孤独を恐れ、外への扉は常に開けておきたい、という矛盾した人間性の持ち主でもあった。本作で『パッション』に出演した女優ハンナ・シグラがゴダールの映画について「理解したと思ったとたん窓が閉じてしまう」と語るが、これはゴダール自身にも通じる。映画に関しては誰もやったことのない方法を探求し続けたが、死ぬことも自分で決め、最後に世間を驚かせたまま逝ってしまった。こういうやり方も彼らしい精神の表れだったかもしれないが、なんとも寂しい。本作はさまざまなアーカイブから断片を編集して作り上げているが、全体にゴダールへの愛が感じられる。初めてゴダール作品に触れる人や、ゴダールの映画は訳が分からないと離れていった観客にとっても、必見の手引きといえる。
◇初出=『ふらんす』2023年10月号
*『ふらんす』2023年10月号「対訳シナリオ」で、映画の一場面の仏日対訳シナリオを掲載しています。