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中条志穂「イチ推しフランス映画」

フランスアニメの第一人者ミッシェル・オスロ監督作『古の王子と3つの花』

映画『古の王子と3つの花』

©2022 Nord-Ouest Films-StudioO - Les Productions du Ch'timi - Musée du Louvre - Artémis Productions

監督・脚本:ミッシェル・オスロ Michel Ocelot
タヌエカマニ/美しき野生児/揚げ菓子の王子(声):オスカル・ルサージュ Oscar Lesage
ナサルサ/バラのプリンセス(声):クレール・ドゥ・ラリュドゥカン Claire de la Rü e du Can
ストーリーテラー(声):アイサ・マイガ Aïssa Maïga

2023年7月21日(金)よりYEBISU GARDEN CINEMA、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開

配給:チャイルド・フィルム

[公式HP] https://child-film.com/inishie

 『キリクと魔女』『ディリリとパリの時間旅行』などで人気を博し、フランス・アニメーション界の第一人者であるミッシェル・オスロ監督の最新作。

 古代エジプト、中世フランス、そして18世紀のトルコを舞台に、それぞれの国の王子が無理難題に立ち向かい、幸福を手にする3編のおとぎ話である。1話目は、2022年にルーヴル美術館エジプト部門主催の展覧会のために制作されたもので、古代エジプト時代のクシュ王国の王子が上下エジプトを統一し、黒人初の帝王となる物語「ファラオ」。2話目は、暴君の父に反逆した中世フランスの王子の物語「美しき野生児」。そして最後は、18世紀のイスタンブールを舞台に、「千夜一夜物語」から想を得て自由に創作された「バラの王女と揚げ菓子の王子」。アニメーションの手法は3話とも趣きが異なる。エジプトの壁画に描かれた人物像をヒントに、横顔で平行移動する人々の特徴をうまく生かしたスタイリッシュな画づくりや、まるで陰翳礼讃といいたくなる光と影の美しいコントラスト、さらには、鮮やかな色彩の乱舞に目も眩む豪華絢爛な絵巻物と、多彩な工夫の凝らされたつくりである。原題はLe Pharaon, le sauvage et la princesse (「ファラオと野生児と王女」)。

【シネマひとりごと】

 本作は過去のオスロの作品と同様、お話自体は勧善懲悪のハッピーエンドで、驚きの結末などはない。だが、その画作りは尋常ならざる凝り方だ。1話目はまるでエジプトの壁画をそのまま切り取ったかのような装飾画の趣き、2話目は、影絵の手法で、空間の広がりを強調し、美しく彩色された中世絵画のたたずまいを見せる。影絵の小さな少年が活躍するさまは、北欧発祥の大人気ゲーム『リトルナイトメア』や『LIMBO』のスリルや世界観を思わせ、グリム童話のページを繰るような心躍る展開が待っている。なかでも素晴らしいのは最終話だ。花火大会の最後の打ち上げのような、百花繚乱ともいうべき息をのむ豪華な画面が次々と繰り広げられる。この多様でエキゾチックな色合わせは、まさにめくるめく眼福というべきだろう。当初、本作の原題は「ファラオと野生児とジャムの王女」だったが、「ジャム」が入ると幼児向けの映画だと勘違いされるという指摘で変更したとのこと。確かにオスロのアニメーションは子供も楽しめるが、本来大人向けに作られている。エジプト、フランス、トルコの異国情緒あふれる画面が、大人の観客のエキゾチックな興味を刺激するとともに、『キリクと魔女』以来一貫して、権力に対して、知恵と勇気を駆使し非暴力で立ち向かう主人公の揺るぎない姿勢が、感動をもたらす。オスロ監督はウクライナに思いを馳せ、人類の未来を暴力で決定することのない世界を望んで本作を作ったという。次回の構想はおとぎ話仕立てで平和に向かうヨーロッパを描くことだそうだ。壮大な計画になるというオスロ監督の構想力に期待が高まる。

◇初出=『ふらんす』2023年7月号

『ふらんす』2023年7月号「対訳シナリオ」で、映画の一場面の仏日対訳シナリオを掲載しています。

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著者略歴

  1. 中条志穂(ちゅうじょう・しほ)

    翻訳家。共訳書コクトー『恐るべき子供たち』、ジッド『狭き門』

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