映画『シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢』
映画『シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢』
© 2017 Fechner Films - Fechner BE - SND - Groupe M6 - FINACCURATE - Auvergne-Rhone-Alpes Cinema
+ 監督:ニルス・タヴェルニエ Nils Tavernier
+ シュヴァル:ジャック・ガンブラン Jacques Gamblin
+ フィロメーヌ:レティシア・カスタ Laetitia Casta
2019年12月13日(金)より全国順次公開
配給:KADOKAWA
[公式HP]https://cheval-movie.com/
フランス南東部にある世界的な観光名所「シュヴァルの理想宮」。この宮殿をたった一人で、33年の歳月をかけて築いた、郵便配達シュヴァルの途方もない挑戦を描き出した映画である。
19世紀末。妻に先立たれたシュヴァルは、人付き合いもせず寡黙な男で、郵便配達をしながら、夢の宮殿作りに空想をめぐらせていた。まもなく彼は寡婦のフィロメーヌに出会って再婚し、娘アリスを溺愛する。ある日、配達中に偶然躓いた奇妙な形の石に魅せられたシュヴァルは、愛娘のため、そして自分の長年の夢を実現するため、石を積んで宮殿を建てることを思いつく。配達の仕事を終えてから何時間も、雨の日も雪の日も、石を拾い運んでは積み上げるシュヴァルを、村人は変人扱いする。やがて、初めは反対していた妻フィロメーヌも夫の執念に根負けし、娘のアリスも級友にからかわれながらも、父親の夢を応援するようになる。だが、そんな幸せも長くは続かなかった……。主人公シュヴァルを名優ジャック・ガンブランが好演。カンボジアのアンコールワットに着想を得た、独創的で奇抜な外観の宮殿がいかに誕生したか、ニルス・タヴェルニエ監督がアルプスの美しい自然を背景に、詩情豊かに綴っている。原題はL’incroyable histoire du facteur Cheval(郵便配達シュヴァルの驚異の物語)。
【シネマひとりごと】
シュヴァルの理想宮は、アルプス山脈のふもと、人口2000人の小さな村オートリーヴにある。今から100年前、まだオートバイや自転車のない時代で、シュヴァルは、毎日30キロ以上歩いて配達をしていた。パン職人の修行の経験もあり、手先は器用だったのかもしれないが、小学校しか出ておらず、文字もろくに書けず、建築の知識も全くない男が、たった一人でとんでもないものを作り上げた。驚くべきはその強靭な体力だ。毎日、徒歩での配達30キロに加え、仕事後は石の運搬で7 ~ 8キロ歩いた。88歳で亡くなるまで病気一つしなかったというから、歩くことはやはり健康にいいのかもしれない(?)。給料はほとんどセメントと石灰の購入にあてられ、村人からは嘲笑され、家族はたまったものじゃなかったろう。だがその宮殿は文化大臣アンドレ・マルローによってフランスの重要建造物に指定された。その際、シュルレアリストのアンドレ・ブルトンなど熱狂的な支持者が現れる一方、美術関係者からは、田舎者の醜怪な建物を、ロマネスクやゴシックの大聖堂と同等に論じるのは言語道断との反対もあった。とにかく細工が細かく、コテコテに盛りすぎの感はあるが、スペインのガウディの建築や、イタリアのボマルツォの庭園にも匹敵する奇抜な空想の産物で見ていて飽きない。澁澤龍彦が、子供っぽい空想の実現においてシュヴァルの右に出る者は世界に一人もいないと言うのも納得だ。宮殿の正面を飾る「三巨人」の像も、郵便配達帽をかぶったシュヴァルのようで可愛らしい。本作を見て、岡谷公二氏の労作『郵便配達夫シュヴァルの理想宮』を読むと、ぜひともこの宮殿を見に行ってみたくなる。リヨンから電車とバスで2時間ほど、次回の旅程にいかがでしょうか?
◇初出=『ふらんす』2019年12月号
*『ふらんす』2019年12月号「対訳シナリオ」で、映画の一場面の仏日対訳シナリオを掲載しています。