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中条志穂「イチ推しフランス映画」

映画『あなたはまだ帰ってこない』

映画『あなたはまだ帰ってこない』


© 2017 LES FILMS DU POISSON – CINEFRANCE – FRANCE 3 CINEMA – VERSUS PRODUCTION – NEED PRODUCTIONS

+ 監督・脚本:エマニュエル・フィンケルEmmanuel Finkiel
+ マルグリット:メラニー・ティエリーMélanie Thierry
+ ピエール・ラビエ:ブノワ・マジメルBenoît Magimel

2019年2月22日(金)よりBunkamura ル・シネマほか全国順次公開

配給:ハーク
[公式HP]http://hark3.com/anatawamada/

 マルグリット・デュラスの自伝的作品『苦悩』の映画化。

 1944年、ナチス占領下のパリ。30歳のマルグリットの夫ロベールは、レジスタンス活動で逮捕され収容所に送られてしまう。夫の安否を気遣って奔走するなか、マルグリットはヴィシー政権の手先であるラビエと出会う。ラビエはマルグリットに好意的だが、ロベールの状況を教える一方で、レジスタンスの地下組織の情報を聞き出そうとしたり、真意は図り知れない。マルグリットの愛人ディオニスはラビエとの接触は危険だと反対するが、彼女は夫の状況を知りたい一心で、ラビエと毎日のように会う。やがて、パリが解放され、次々と捕虜たちも帰還するが、ロベールは戻ってこない。夫の無事を願って待ち続けるマルグリットだが、彼がもう死んでいるのではないかと思い、精神的に追い詰められてゆく……。愛する夫を待ち続ける焦燥や苦悩、そして戦争や時のうつろいによって変容する愛の残酷さを観る者につきつける作品である。原題はデュラスの作品と同じ、La Douleur(苦悩)。

【シネマひとりごと】

 デュラスの晩年を描いた映画に『愛人/ラマン 最終章』がある。こちらは劇場公開時『デュラス 愛の最終章』というタイトルだったが、DVD発売の際にタイトルが変更された。『愛人/ラマン』が大ヒットしたとはいえ、これはやりすぎだろう。物語はデュラスと、40歳近く年下の青年ヤン・アンドレアとの恋愛が軸になっている。ジャンヌ・モローが頑固な愛の狩人デュラスを演じてはまり役だった。本作『あなたはまだ帰ってこない』は、遡って30歳のデュラスの自伝的作品『苦悩』が原作である。この小説のテーマは「人は愛に耐えられない」ことだとデュラスは語った。

 映画ではヒロインが夫を待つ苦悩に焦点があてられており、夫ロベールの帰還後はまるで気が抜けた夢のように描かれている。原作のほうは、重体の夫が帰ったのち、ヒロインが黙々と介護する詳しい記述がある。そして夫が回復したところで、ヒロインは夫に、愛人との子どもが欲しいから離婚してくれとさらりと言う。一方、本作では疲弊してしまった愛の終焉を残酷に浮き彫りにしている。アラン・ヴィルコンドレ著『デュラス 愛の生涯』によれば、デュラスは逮捕された夫の安否を探るためなら色香を使うことさえした。その相手が原作ではムッシューX とされているゲシュタポの手先ラビエである。このラビエを演じたのは憂いのある眼差しが魅力の俳優ブノワ・マジメル。役によって太ったり膄せたり体型を自在に変えていたが、近頃はすっかりロバート・デ・ニーロ風、ほうっておくとドパルデュー風になりかねない貫禄で定着してしまった。ミヒャエル・ハネケ監督『ピアニスト』で繊細な美青年を演じた彼は溶けた雪のように消えてしまった。去年(こぞ)の雪いまはいずこ……。

◇初出=『ふらんす』2019年2月号

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著者略歴

  1. 中条志穂(ちゅうじょう・しほ)

    翻訳家。共訳書コクトー『恐るべき子供たち』、ジッド『狭き門』

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