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中条志穂「イチ推しフランス映画」

『燃ゆる女の肖像』のセリーヌ・シアマ監督作『秘密の森の、その向こう』

映画『秘密の森の、その向こう』


© 2021 Lilies Films / France 3 Cinéma

監督・脚本:セリーヌ・シアマ Céline Sciamma
ネリー:ジョセフィーヌ・サンス Joséphine Sanz
マリオン:ガブリエル・サンス Gabrielle Sanz
母:ニナ・ミュリス Nina Meurisse

2022年9月23日(祝・金)ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開

配給:ギャガ

[公式HP]gaga.ne.jp/petitemaman

 世界中から熱い支持を受けた『燃ゆる女の肖像』のセリーヌ・シアマ監督が、8歳の少女の目を通して、祖母・母・娘の3世代に渡る魂の交歓を描いた、切なくも美しいファンタジー。

 8歳の少女ネリーは大好きだった母方の祖母を亡くし、両親とともに祖母宅の片付けに行く。祖母の家にはネリーの母親の思い出の品がたくさん残されてあり、母親は祖母を失った悲しみに耐えきれなくなったのか、次の日、突然姿を消してしまう。母親がいなくなったその日、ネリーは森で自分と同じ齢のマリオンという、母親と同名の少女に出会う。マリオンの家に招かれると、そこはネリーの祖母の家とそっくりだった……。

 森の小道を駆け抜け、二つの家を行き来する少女たちの姿が、時が止まってしまったおとぎ話のように美しい。子供の頃の母親と出会うという幻想的な物語の中で、少女が相手の気持ちに思いを馳せ、親しい人をなくす喪失の感情を受け入れる。その過程が見事に静謐な映像で描き出されていく。『燃ゆる女の肖像』でセザール賞最優秀撮影賞を受賞したクレール・マトンが、本作でも撮影監督をつとめている。原題はPetite maman(小さなママ)。

【シネマひとりごと】

 セリーヌ・シアマは『燃ゆる女の肖像』の大成功で、女性の繊細な感情を捉えることが巧みだという評価を確立したが、大人になっていない少女の感情の揺らぎをいっそう繊細に掬いあげる。彼女の初期作品『トムボーイ』は、男の子になりすました少女のひと夏の物語で、ヒロインが男の子と女の子のあいだを揺らぎながら、その葛藤により成長していくさまが生き生きと描き出されていた。本作『秘密の森の、その向こう』で、シアマは少女という存在に再び焦点を当てながら、娘、母、祖母と3世代に渡る母娘という女性独特の関係性にまで踏み込んでいる。

 シアマは宮崎駿が大好きで、本作のドラマ作りで迷った時は「宮崎ならどうするか」と考えながら撮影を行ったという。シアマと宮崎駿という組み合わせは意外に思えるが、二人に共通するのは好んで少女を撮ることだ。デビュー作『水の中のつぼみ』で、シアマは「少女から見た少女の映画が撮りたかった」と語っていたが、〈少女性〉はシアマの映画を解く鍵だといえるかもしれない。『秘密の森の、その向こう』でも、少女を撮りたいという姿勢は一貫している。一方、宮崎駿と異なり、シアマ作品では男性の影が薄い。本作の登場人物の中で男性は父親だけだが、存在感が希薄で、唯一、印象に残るのは、自分の娘に髭を剃ってもらう場面である。まるで、男性的な象徴(=髭)を取り除かれれば、かろうじて映画にとどまることが許されるかのような扱いだ。本作は少女たちの王国を描くというシアマの主題が如実に表れた作品といえるだろう。

◇初出=『ふらんす』2022年10月号

『ふらんす』2022年10月号「対訳シナリオ」で、映画の一場面の仏日対訳シナリオを掲載しています。

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