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中条志穂「イチ推しフランス映画」

映画『レ・ミゼラブル』

映画『レ・ミゼラブル』


© SRAB FILMS LYLY FILMS RECTANGLE PRODUCTIONS

+ 監督:ラジ・リ Ladj Ly
+ ステファン:ダミアン・ボナール Damien Bonnard
+ クリス:アレクシス・マネンティ Alexis Manenti
+ 署長:ジャンヌ・バリバール Jeanne Blibar

2020年2月28日(金)より新宿武蔵野館、Bunkamura ル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開

配給:東北新社

[公式HP]lesmiserables-movie.com

 昨年のカンヌ国際映画祭で『パラサイト 半地下の家族』とパルムドールを争い、観客に大きな衝撃を与えた問題作。

 パリ郊外のモンフェルメイユ。ここにはアフリカ系黒人やアラブ人などの移民が多く、貧困がはびこっている。麻薬の売買も行われ、治安が極端に悪い。この地区に赴任した警官ステファンは、ベテラン警官クリスとグワダのチームに配属される。ある日、黒人少年イッサがロマのサーカス団のライオンの子を盗んだことから、黒人とロマの対立が激化する。ステファンはイッサら黒人少年たちを追いつめるが、もみ合いの最中にグワダがイッサに発砲してしまう。この発砲がドローンで撮影されていた。動画を公開されたら警察の面目が丸つぶれになる。クリスは撃たれたイッサを病院に連れていくこともせず、ギャング団に手を回して動画の回収に奔走する。ステファンはそれに憤慨しつつも、動画の流出は暴動を引き起こしかねないとデータの回収に協力する。なんとか動画の流出は食い止められ、事態は丸く収まったかに見えた。だが、少年たちの怒りと憎しみの感情は膨れ上がり、ステファンらは恐るべき状況に直面する……。

 自身もモンフェルメイユ出身の監督ラジ・リのデビュー作。現代のフランスで大きな社会問題となっている移民地区の現状を緊迫感あふれる映像で描き、暴力を引き起こす真因は何なのか、と観客に問いかけている。カンヌ映画祭審査員特別賞受賞。

【シネマひとりごと】

 本作で、モンフェルメイユの団地周辺がドローンで上空から俯瞰される場面がある。見渡す限り、くすんだ白い箱に囲まれた無機質な光景だ。こうした横広がりの団地は郊外の低所得地域特有のもので、パリの中心部には見られない。華やかな都パリから少し離れただけで寒々とした別世界が広がっている。この映画は2005年、郊外に住むアフリカ系少年二人が警官に追われて変電所で感電死し、暴動のきっかけとなった事件をモチーフとしている。この事件は、ユゴーの小説『レ・ミゼラブル』の舞台であり、ラジ・リ監督の出身地でもあるモンフェルメイユのすぐそばで起こった。この大暴動の10年前、マチュー・カソヴィッツ監督『憎しみ』で明かされた郊外の貧困と移民問題は、いまだに政府の消極的対応のせいで悪化の一途をたどっている。ユゴーが『レ・ミゼラブル』の前書きに記した「文明の中の人工的な地獄」を作り出し続けている状況だ。たった一片のパンを盗んで19年も服役したジャン・ヴァルジャンと、本作の、いたずら心からサーカスのライオンの子を盗んで警官に撃たれた黒人少年の間にさほど変わりはない。ただし、監督はこの映画を「権力をもつ者」対「虐げられる者」の単純な対立の構図にはしていない。虐げる側の警官にも家族があり、同じような環境で暮らす場面が映し出される。その一方で、映画の冒頭、ワールドカップ優勝にフランス中が喜びに湧き、人種の違いなど関係なくフランス人として一つになれる瞬間も描き出して希望を与えている。映画のラストでは、小説『レ・ミゼラブル』の中で、育ちの悪いイラクサを引き抜く人々にジャン・ヴァルジャン(=マドレーヌ)が言った言葉、「悪い草や悪い人間はいない。育てる者が悪いだけだ」を引用している。小説から150年たった今も、環境の改善がなされないかぎり悲惨は連鎖する、と監督は強く訴えている。

◇初出=『ふらんす』2020年3月号

『ふらんす』2020年3月号「対訳シナリオ」で、映画の一場面の仏日対訳シナリオを掲載しています。

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著者略歴

  1. 中条志穂(ちゅうじょう・しほ)

    翻訳家。共訳書コクトー『恐るべき子供たち』、ジッド『狭き門』

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