2018年1月号 『ライオンは今夜死ぬ』
『ライオンは今夜死ぬ』
© 2017 – FILM-IN-EVOLUTION – LES PRODUCTIONS BAL THAZAR – BITTERS END
+ Réalisateur Nobuhiro Suwa
+ Jean Jean-Pierre Léaud
+ Juliette Pauline Etienne
+ Marie Isabelle Weingarten
2018年1月20日(土)より、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開
配給:ビターズ・エンド
公式HP : http://www.bitters.co.jp/lion/
ヌーヴェル・ヴァーグの申し子ともいうべき俳優、ジャン=ピエール・レオーを主役に、諏訪敦彦監督が『ユキとニナ』から8年ぶりに再びフランスを舞台に撮った意欲作。
南仏コート・ダジュール。年老いた俳優ジャンは、映画の撮影現場で、死にゆく人間を演じられるのか、と思い悩んでいる。ふと思い立ってかつての妻ジュリエットの住んでいた古い屋敷を訪ねると、彼女は昔と変わらぬ若い姿で彼を待っていた。ジャンは再会を喜び、屋敷に寝泊りするようになる。ところがワークショップで映画作りをする地元の子供たちが突然、屋敷に侵入してくる。空き家だと思っていたところ、ジャンがいるのを見て子供たちは驚くが、ジャンが俳優だと分かると、自分たちの映画に出演してほしいとせがむ。こうしてジャンと子供たちの映画作りが始まる。一方でジャンは過去から甦ったジュリエットとの、現実とも幻ともつかぬ心の対話を続けながら、忘れていた感情を呼び戻してゆくのだった……。
南仏のまばゆい太陽と紺碧の海の傍らで、老優が死に向き合いながら、子供たちと映画を作り、生の素晴らしさを心に刻む。諏訪監督が、俳優レオーを画面に収めたいという望みから生まれた念願の映画である。タイトル『ライオンは今夜死ぬ』はレオーの好きな歌からとっている。
【シネマひとりごと】
ジャン= ピエール・レオーは、13歳のときにトリュフォーの『大人は判ってくれない』のオーディションで抜擢され、その年のカンヌ映画祭ではヌーヴェル・ヴァーグの寵児として注目を浴びた。以来、トリュフォーのアントワーヌ・ドワネルものに4本出演し、トリュフォーの分身と呼ばれたが、ゴダールやリヴェットをはじめとするヌーヴェル・ヴァーグの名だたる監督からもひっぱりだこの人気だった。そのレオーも73歳になった。映画監督を魅了する俳優であるのはもちろんだが、かつて、フランス映画の字幕の第一人者で、本作の字幕も担当している寺尾次郎氏に、一番好きな俳優を尋ねたところ「レオー様」とのお答えだった。本誌編集長鈴木美登里氏も「我がアイドル、どんなに姿形が変わっても、一生支持して行く」と大変な熱狂ぶりだ。お二人ともごく自然にレオーに「様」をつけていた。今回、諏訪監督のおかげで久々にレオー様のご尊顔を拝めたが、ふとした表情やしぐさに「ドワネル」が現れ、嬉しくなってしまう。
トリュフォーは、『大人は判ってくれない』を撮る際、レオーに、ジャン・ルノワール監督『獣人』の中でジャン・ギャバンが殺人を告白したときのように、とだけ助言したという。深刻な場面においてはより軽やかに、という演技指導はレオーの体に染みついたのだろう。『ライオンは今夜死ぬ』でも、死についての考察をしながら、眉や目をくるくると動かしたり、かつて共演した女優に会って抱き合ったかと思うと急に踵を返したり、その小動物ような意表をつく演技がレオーならではの魅力だと思う。また、14歳当時の、インタビューに答えるレオーを見ると、どんな質問にも当意即妙に答える頭の回転の早さに驚く。2014年にトリュフォーの没後30年のトリュフォー映画祭で来日した際、「ゴダールの作品についてどう思うか」との質問に、「生きている者が勝利者になれるわけではない」と答えて会場をどっと沸かせた。トリュフォーが生きていたら大笑いしそうな、切れ味鋭いユーモア感覚だった。
◇初出=『ふらんす』2018年1月号
*『ふらんす』2018年1月号「対訳シナリオ」で、映画の一場面の仏日対訳シナリオを掲載しています。