宇宙飛行士の母と、娘の物語『約束の宇宙(そら)』
映画『約束の宇宙(そら)』
© Carole BETHUEL ⒸDHARAMSALA & DARIUS FILMS
監督・脚本:アリス・ウィンクール Alice Winocour
サラ:エヴァ・グリーン Eva Green
マイク:マット・ディロン Matt Dillon
ウェンディ:ザンドラ・ヒュラー Sandra Hüller
2021年4月16日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開
配給:ツイン
ティム・バートン監督作の常連であり、ボンドガールもつとめるなど近年の活躍がめざましい女優エヴァ・グリーン。彼女が宇宙飛行士に扮し、幼い娘を残して未知の宇宙に飛び立つまでの物語。
7歳の娘を持つシングルマザーのサラは、欧州宇宙機関で宇宙へ行くことを目指して日々訓練を積んでいる。そんなある日、ついに長年の夢だった宇宙飛行士の乗員に抜擢され、元夫に娘を託して出発することにする。プロクシマと呼ばれるミッションの期間は1年間。出発前の苛酷な訓練や、娘との別離に心が折れそうになるサラだが、次第に乗員仲間との連帯感も生まれ、無事、搭乗前の調整を成し遂げる。だが、搭乗するロケットを一緒に見に行くという、娘との約束をまだ果たせずにいた。出発の前夜、サラは乗員のための隔離施設を無断で抜け出し、娘とロケットを見に行こうとするのだった……。
女性監督アリス・ウィンクールが、女性宇宙飛行士の置かれている現実と、夢の実現までの険しい道のりをリアルに描きだしている。本編最後に山崎直子氏はじめ女性宇宙飛行士へのオマージュの映像が流れる。坂本龍一が音楽を担当。原題はProxima(プロクシマ)。
【シネマひとりごと】
この映画で、主人公サラが宇宙プロジェクトのスタッフ全員に紹介される場面がある。乗員仲間のマイクがサラを紹介しながら、「料理が上手いといわれるフランス人女性が同乗することになってうれしい」などと言う。さらにマイクは「きみのために訓練の量を減らしてもらえ」などといらぬ忠言をしてサラを憮然とさせる。オリンピックのお偉いさんにかぎらず、どこの世界にも似たような偏見があるものだ。本人に悪気はないのかもしれないが、宇宙飛行士は男性がつとめるものという通念がまだ根強いようだ。
この少々、上から目線な人物マイクに扮したのは、かつて一世を風靡した青春スター、マット・ディロンである。デビュー時は、ハンサムな容貌からジェームズ・ディーンの再来といわれ、出世作『ドラッグストア・カウボーイ』ではガス・ヴァン・サント監督のスタイリッシュな演出もあってカッコいい不良少年の代表格になった。中年になり、ポール・ハギス監督『クラッシュ』では、人種差別主義の最低な警官を演じてアカデミー助演男優賞を受賞。この作品を機に演技の幅が広がり、今では演技派俳優として有名監督からの指名が続く。ナイト・シャマラン監督の熱望で出演した、ツインピークス風のTVドラマ『ウェイワード・パインズ 出口のない街』では、不気味な街で逃げまどう捜査官の役を演じた。どんでん返しを得意とする相変わらずのシャマラン節の物語で必死にもがくマットの姿が真に迫っていた。最近では、ラース・フォン・トリアー監督の大傑作『ハウス・ジャック・ビルト』のシリアルキラー役の怪演には誰もが度肝を抜かれただろう。尖った顎に線の細い優男マットはどこに? その極悪さは、白石和彌監督『凶悪』のピエール瀧にも匹敵する。だが、いかにも非道な行いに及びそうな瀧とは異なり、強迫神経症を抱えた芸術肌の殺人鬼という、今までに見たことのない鬼畜モデルを実現した。マットはインタビューで、「この世には恐ろしいことがひとつある。それは、全ての人間の言い分が正しいことだ」というジャン・ルノワール監督『ゲームの規則』のセリフを念頭に置いて、自分が演じるキャラクターを理解するようにしていると語った。役のたびに七変化するマット・ディロンの不思議な魅力に今後も期待が高まる。
◇初出=『ふらんす』2021年4月号
*『ふらんす』2021年4月号「対訳シナリオ」で、映画の一場面の仏日対訳シナリオを掲載しています。