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中条志穂「イチ推しフランス映画」

『バルバラ セーヌの黒いバラ』

『バルバラ セーヌの黒いバラ』


© 2017 - WAITING FOR CINEMA - GAUMONT - FRANCE 2 CINEMA – ALICELEO

+ 監督・脚本・出演:マチュー・アマルリック Mathieu Amalric
+ 主演:ジャンヌ・バリバール Jeanne Balibar

2018年11月16日(金)より、Bunkamura ル・シネマほか全国順次公開

配給:ブロードメディア
[公式HP]http://barbara-movie.com/

 個性派俳優マチュー・アマルリックがメガホンをとり、フランスのシャンソン歌手バルバラの人生を斬新な手法で現在に甦らせた意欲作。

 映画監督のイヴは女優ブリジットを主役に、歌手バルバラの歌と人生についての映画を撮っている。だが、映画を撮り進めていくうちに、自分が演出していることを忘れ、バルバラの熱烈なファンとして作品の世界にのめりこんでゆく。ブリジットもまた、バルバラの歌を歌い、身振りを真似し、演技を練りあげてゆくが、次第にバルバラと自分を重ね合わせ、自分の人生を生きているのか、バルバラの人生を辿っているのか分からなくなっていくのだった……。バルバラを演じたのは、マチュー・アマルリックの元妻でもある女優ジャンヌ・バリバール。バルバラが甦ったのかと錯覚させるほどの憑依的演技に圧倒される。「いつ帰ってくるの?」「黒いワシ」「ナントに雨が降る」など、バルバラの代表的な曲を再現しながら、アマルリックは異色のアプローチでバルバラへの愛を表現している。

【シネマひとりごと】

 監督のマチュー・アマルリックはジャック・トゥルニエが著作で描き出したバルバラ像にインスピレーションを受けて映画化を思い立ったという。対訳でもとりあげたトゥルニエとの会話では、バルバラは自身を詩人ではないと言っているが、自ら作詞・作曲をする天才肌の歌手だった。この点において、バルバラより前の世代の世界的なシャンソン歌手、エディット・ピアフとは一線を画している。バルバラは作詞の際、自分で経験したことしか書けない、と言っていた。彼女の死後出版された『一台の黒いピアノ~バルバラ未完の自伝』には、実の父から性的虐待を受けていたという衝撃的な告白がある。この自伝を読んだ後で、「黒いワシ」や「ナントに雨が降る」を改めて聞くと、歌詞に秘められた父親への思いや、哀愁の漂う曲調が禍々しさを帯び、心に突き刺さってくる。また、父親の所業を見て見ぬふりなのか、無関心だった母親に対し、生涯vouvoyer で話していたバルバラの距離感も、本作『バルバラ セーヌの黒いバラ』で見ることができる。

 彼女の歌は一般大衆のみならず、多くのアーティストに影響を与えた。意外なことはジェラール・ドパルデューがバルバラ曲集を歌っていることで(しかもCD2枚組!)、美女が野獣に手籠めにされた感はぬぐえないが芝居がかった歌い方が彼らしい。また、ピアニストのアレクサンドル・タロー(ミヒャエル・ハネケ監督『愛、アムール』にピアニスト役で出演していた青年)の伴奏によるトリビュートアルバム『バルバラ』は、ジェーン・バーキン、ヴァネッサ・パラディ、ジュリエット・ビノシュ、ギヨーム・ガリエンヌら、名だたる俳優がバルバラの曲の歌い手として参加している。下手に歌えば、バルバラの熱狂的なファンから怒号が飛ぶところ、それぞれが持ち前の個性全開の歌い方で面白い。バーキンは相変わらずのウィスパー・ボイス、パラディは「ビー・マイ・ベイビー」ばりのロック調、ガリエンヌはコメディー・フランセーズの名優としてさすがの余裕でミュージカル風、そして個人的に一番心配だったビノシュは、歌というより朗読の会といった感じで、これはこれでベストな選択だったといえる。バルバラのオリジナルと聞き比べてみるのも一興かもしれない。

◇初出=『ふらんす』2018年12月号

『ふらんす』2018年12月号「対訳シナリオ」で、映画の一場面の仏日対訳シナリオを掲載しています。

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著者略歴

  1. 中条志穂(ちゅうじょう・しほ)

    翻訳家。共訳書コクトー『恐るべき子供たち』、ジッド『狭き門』

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