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中条志穂「イチ推しフランス映画」

極上のミステリー『悪なき殺人』

映画『悪なき殺人』


© Jean-Claude Lother
©2019 Haut et Court – Razor Films Produktion – France 3 Cinema visa n° 150 076

監督:ドミニク・モル Dominik Moll
エヴリーヌ:ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ Valeria Bruni Tedeschi
ミシェル:ドゥニ・メノーシェ Denis Ménochet
アリス:ロール・カラミー Laure Calamy

2021年12月3日(金)より新宿武蔵野館ほか順次全国公開、12月4日(土)デジタル公開

配給:STAR CHANNEL MOVIES

[公式HP]akunaki-cinema.com

 『ハリー、見知らぬ友人』のドミニク・モル監督が、ある失踪事件をめぐる、予期せぬ出来事の連鎖を巧緻に描いた極上のミステリー。

 南仏の高原地帯で中年女性エヴリーヌが吹雪の夜に行方不明になる。手がかりが全くない中、顔の広いソーシャルワーカーのアリスの家に警察が聞き込みにやってくる。警察の話からアリスは、農夫のジョゼフが疑われていることを知る。実はアリスはジョゼフと不倫関係にあった。アリスの夫ミシェルのほうも妻に隠れて、出会い系SNSで知り合った見知らぬ女にのめりこんでいる。一方、失踪したエヴリーヌは夫のいる身だが、若い女性マリオンと関係を持っていた。エヴリーヌの身に何が起こったのか……。それぞれに孤独と欲望を抱え込んだ者たちの行きつく先は……? モル監督は、登場人物各々の視点から物語を再現し、徐々に真実を浮かび上がらせ、驚愕のラストへと導く。その超絶技巧は観客を唸らせ、一昨年の東京国際映画祭で観客賞を受賞した(映画祭公開時の邦題は『動物だけが知っている』)。原題はSeules les bêtes(獣たちだけが)。

【シネマひとりごと】

 失踪した女性エヴリーヌを演じたのは演技派女優ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ。本作のテデスキは、デヴィッド・リンチ監督『ツインピークス』の「世界で一番美しい死体」ローラ・パーマーか、異色の珍品映画『スイス・アーミー・マン』の生きる屍に扮したダニエル・ラドクリフ(あの「ハリーポッター」の!)に並ぶ美しさではないだろうか? いささか掠れ気味の声の、ふんわりとした話し方で、つねに泣き笑いのような微笑を浮かべつつ表情豊かな演技をするテデスキだが、今回は役柄上、まばたきひとつしてはいけない場面があり、それが逆に強烈な存在感を放っている。エヴリーヌはじめ、本作に登場するのは、みなどこか踏み外している人物ばかり。中でも個性派俳優のドゥニ・メノーシェが極めつけの愚かしい人物に扮している。外見は韓国俳優マ・ドンソクのフランス版ともいえる、いかにもガラの悪そうな巨漢のメノーシェ。彼はグザヴィエ・ルグラン監督作『ジュリアン』で、執拗なDV親父を演じて観客を震え上がらせたが、本作では妻を寝取られ、詐欺メールの甘言にコロっと騙される愚なる夫を好演している。ドミニク・モル監督は『レミング』や『ハリー、見知らぬ友人』など、人間の底知れなさをスリリングに描く鬼才だが、本作では芸達者な俳優に支えられて、その人間描写の奥深さをいかんなく発揮している。切れ味抜群の練りあげられた脚本に感服すると同時に、「人間は偶然には勝てない」というキャッチコピーがじわじわと効いてくる、じつに怖い物語である。

◇初出=『ふらんす』2021年12月号

『ふらんす』2021年12月号「対訳シナリオ」で、映画の一場面の仏日対訳シナリオを掲載しています。

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著者略歴

  1. 中条志穂(ちゅうじょう・しほ)

    翻訳家。共訳書コクトー『恐るべき子供たち』、ジッド『狭き門』

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