映画『田園の守り人たち』
© 2017 - Les films du Worso - Rita Productions - KNM - Pathé Production - Orange Studio - France 3 Cinéma - Versus production - RTS Radio Télévision Suisse
+ 監督:グザヴィエ・ボーヴォワ Xavier Beauvois
+ オルタンス:ナタリー・バイ Nathalie Baye
+ ソランジュ:ローラ・スメット Laura Smet
2019年7月6日(土)より岩波ホールほか全国順次公開
配給:アルバトロス・フィルム
[公式HP]http://moribito-movie.com
『神々と男たち』でカンヌ国際映画祭グランプリを受賞したグザヴィエ・ボーヴォワ監督の最新作。フランスで実力派ナンバーワンと称えられる女優ナタリー・バイと、実の娘ローラ・スメットによる初の母娘共演としても話題を呼んだ。
1915年、第一次大戦中のフランス。老母オルタンスと中年の娘ソランジュは男たちの不在の中、農場を切り盛りしている。人手の足りなくなったオルタンスは、若い娘フランシーヌを雇う。オルタンスはフランシーヌの働きぶりに満足していた。フランシーヌは、戦地から一時帰宅したオルタンスの次男ジョルジュと惹かれ合う。しかし、ソランジュの夫がドイツ軍の捕虜になり、そのうえオルタンスの長男コンスタンスの戦死の知らせが届く。さらには娘ソランジュと、駐留するアメリカ兵士の間に醜聞が生じ、オルタンスはその罪をフランシーヌにおしつけ解雇する。追い出されたフランシーヌは戦地のジョルジュに手紙を書くが返事はない。フランシーヌは妊娠していた……。
家を守り、厳格な立場を固守する母親、それに反発し、新しい時代に向かって人生を切り拓いていく娘たち……世代の異なる女三人の対照的な選択をじっくりと描き出している。『神々と男たち』に続き、名匠キャロリーヌ・シャンプティエが撮影を担当。田園の美しい風景と、女たちの黙々とした仕事ぶりが静謐な絵画のように描き出される。また、今年初めに86歳で死去したミシェル・ルグランが音楽を担当している。原題はLes Gardiennes(守る女たち)。
【シネマひとりごと】
本作で農民の母娘を演じたナタリー・バイとローラ・スメット。初の母娘共演になるが、二人とも背筋がピンと伸びて姿勢が良く、農民らしからぬお肌の張り。というより、他のエキストラ農民があまりにも本物らしいせいか、バイとスメットは田園にそびえ立つ2体のモアイ像のごときシルエットを浮かび上がらせる。その強烈な存在感を、名カメラマン、キャロリーヌ・シャンプティエは、まるでミレーの「晩鐘」やコローの「モルトフォンテーヌの思い出」のように美しいロングショットの明暗に溶け込ませている。
フランスのエルヴィス・プレスリーと呼ばれた大スター、ジョニー・アリディを父親に、トリュフォーやゴダールなど名だたる監督のヒロインをつとめた名女優ナタリー・バイを母親に持つローラ・スメット。血筋のおかげか、デビュー当時から大物感を漂わせ、演技における天性のファム・ファタルぶりが光っていた。映画監督の青山真治氏は、フィリップ・ガレル監督『愛の残像』のローラ・スメットを、「着衣のままであらゆるパーツが性器のように感じられる」とまで評している。そのスメットが今、2017年に死去した父アリディの何十億といわれる遺産をめぐって骨肉の争いに突入している。なんと、アリディの遺言書によると、34歳年下の5番目の妻と、血の繫がらない養子に全財産を贈与するとあったらしい。これに対し、アリディの最初の妻シルヴィ・ヴァルタンとの間に生まれた歌手の息子ダヴィッド・アリディと、ローラ・スメットという二人の実子がタッグを組んで憤怒の訴訟に踏み切った。スメットの怒りの形相を見ると、並々ならぬ執念が感じられる。本作でも腕組みをしながら配下に指示する姿は、農民というよりマフィアのボス……無言の圧力がひしひしと伝わってくる。それとは対照的に、もう一人のヒロイン、フランシーヌの登場シーンでは必ずといっていいほどミシェル・ルグランの音楽が流れる。その繊細なメロディと一人の女性が健気に生きてゆく姿に、『シェルブールの雨傘』のヒロインを想起せずにはいられない。本作は映画音楽としてルグランの遺作になる。ささやかだが実にルグランらしいリリシズムが感じられる最後の贈り物となった。
◇初出=『ふらんす』2019年6月号
*『ふらんす』2019年6月号「対訳シナリオ」で、映画の一場面の仏日対訳シナリオを掲載しています。