映画『マチルド、翼を広げ』
『マチルド、翼を広げ』
© 2017 F Comme Film / Gaumont / France 2 Cinéma
+ 監督・脚本・出演(母):ノエミ・ルヴォウスキー Noémie Lvovsky
+ マチルド:リュス・ロドリゲス Luce Rodriguez
+ 父:マチュー・アマルリック Mathieu Amalric
2019年1月12日(土)より新宿シネマカリテほか全国順次公開
配給:TOMORROW Films. /サンリス
[公式HP]http://www.senlis.co.jp/mathilde-tsubasa
中年女性が高校時代にタイムスリップする『カミーユ、恋はふたたび』で大ヒットをとばしたノエミ・ルヴォウスキー監督の最新作。
9歳のマチルドは、友達とうまく付き合えない、ちょっと孤独な女の子。母親は精神不安定で、ふらりと出かけては突拍子もない行動に出る困った人だった。しかし、マチルドは母親が大好きだ。そんなある日、マチルドは母親からフクロウをプレゼントされる。フクロウはマチルドにしか聞こえない声でしゃべりだす。マチルドはフクロウに悩みや秘密をうちあけ、フクロウも彼女に的確な助言をし、マチルドは唯一の友を得た気分だった。一方で、母親の精神状態は悪化し、妄想のせいで警察沙汰まで起こしてしまう。離れて暮らしていた父親は母親を病院に入れることを考えるが、マチルドは母親と離れたくなかった……。母親は監督自身が演じている。少女の不幸な境遇をカラフルな色彩で幻想性豊かに彩ったルヴォウスキーの自伝的物語である。原題はDemain et tous les autres jours(明日も、これからもずっと)。
【シネマひとりごと】
主人公の父親役をつとめたのは、前号でとりあげた『バルバラ~セーヌの黒いバラ~』にも出演していたマチュー・アマルリック。本作では精神を病んだ妻と、夢見がちな娘にはさまれ、しごくまっとうな父親を演じている。ここ最近エキセントリックな役柄が多く、彼が普通の演技もできることをつい忘れていた。さすがカメレオン俳優と呼ばれるだけあって、ノーマルな演技も冴えわたっている。いまや世界的に有名になったアマルリックが出番の少ない脇役をやるのは珍しいが、監督のノエミ・ルヴォウスキーとは旧知の友人なのだ。ルヴォウスキーはフランスの名門、国立映画学校フェミスの出身で、アルノー・デプレシャン監督とは同窓の仲。デプレシャンを通じて、デプレシャン作品のアイコンともいうべきアマルリックと知り合った。アマルリックはもともと監督志望で、フェミスを受験したが不合格だったという(涙)。倍率およそ25 倍の狭き門をくぐることはかなわなかったが、監督としての力量を認められ、いまや教授としてフェミスに迎えられるまでになった。個人的には役者としての個性あふれるアマルリックを見たいのだが、本人は監督業一本に絞りたいようだ。ルヴォウスキーも、監督としてよりも先に女優として有名になった。本作の最後で母親への献辞が出るが、彼女が母親に自分の映画を捧げるのはこれで3 本目である。彼女の映画作りの原動力は、失われてしまったものへの強い執着なのだという。前作『カミーユ、恋はふたたび』では、失われた青春への懐かしさや、他界して二度と会えない両親への愛着が描かれている。本作のラストでは、成長したマチルドが雨の中、母親とダンスする場面がある。そのプリミティヴな踊りの中に、言葉による意思疎通の困難な母親との魂の絆が感動的に表現されている。ルヴォウスキーとアマルリック、監督も俳優もこなせる稀有な才能をもつ二人にこれからも期待したい。
◇初出=『ふらんす』2019年1月号
*『ふらんす』2019年1月号「対訳シナリオ」で、映画の一場面の仏日対訳シナリオを掲載しています。