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中条志穂「イチ推しフランス映画」

2017年7月号 『ロスト・イン・パリ』

『ロスト・イン・パリ』

© Courage mon amour-Moteur s'il vous plaît-CG Cinéma

『ロスト・イン・パリ』

2017年8月渋谷ユーロスペースほか全国順次公開
 
+ Réalisateurs  Dominique Abel
              & Fiona Gordon
+ Fiona  Fiona Gordon
+ Dom  Dominique Abel
+ Martha  Emmanuelle Riva

配給 : サンリス
公式HP : http://www.senlis.co.jp/lost-in-paris/

 ベルギーとカナダ出身の道化師カップル、ドミニク・アベル&フィオナ・ゴードン監督が独特のユーモアと自由なセンスで描く、パリのお気楽冒険物語。

 カナダの田舎町で図書館司書を務めるフィオナのもとに、パリに住む叔母マーサから手紙が届く。高齢で一人暮らしのマーサは、老人ホームに入るのを嫌がり、フィオナにパリに来てほしいと頼んできた。フランス語が片言しかしゃべれないフィオナは、大きなリュックをしょって単身パリに向かう。しかし、マーサは家にいない。フィオ

ナは仕方なくパリをぶらぶらするが、不注意でセーヌ河に落ちてしまう。財布の入ったリュックは流され、大使館で事情を説明すると、気の毒に思った大使館員がレストランの無料券をくれる。流されたリュックを拾いあげたのは、セーヌ河岸でテント暮らしをするホームレスのドムだった。ドムはリュックの中の金を手にレストランへ向かい、そこで見たフィオナに一目ぼれしてしまう……。カナダから来た田舎者まるだしのフィオナと、風変わりな自由人ドムのコンビが絶妙の笑いを誘う。随所にちりばめられたミュージカル風のダンスもアベル&ゴードン監督ならではの楽しい演出だ。また本作は、『二十四時間の情事』や『愛 アムール』の主演女優エマニュエル・リヴァの遺作となった。原題はParis pieds nus(裸足のパリ)。

 

【シネマひとりごと】

 アベル&ゴードン監督の長編はこれで4 作目だが、悲劇となり得る題材を現代のおとぎ話に変えてしまう、非凡な技を見せている。主人公の名はドムとフィオナがほとんどで、主演を兼ねる監督たち自身の本名からとっている。乾いたユーモアと、原色を多用する鮮やかでシンプルな画面づくりはカウリスマキ監督を思わせ、楽観的でノンシャランなおかしみにはイオセリアーニの映画に通じるものがある。アベル&ゴードン監督は本業が道化師というだけあって、台詞はきわめて少なく、体を使った大仰な演技が見どころだ。彼らの演技はしばしばチャップリンやキートンに比較されるが、前々作『ルンバ!』の、雨宿りするために軒下に人々が押し寄せる場面は、マルクス兄弟の『オペラは踊る』を彷彿させ、チャップリン的な道化師の哀愁といった紋切り型にはまらぬ、からりと楽しい芸になっている。そして今回、こうしたドタバタ芸にはおよそ似つかわしくない女優エマニュエル・リヴァが、老齢をものともせず、踊ったり、走り回ったりとコメディエンヌに徹しているのに本当に驚く。アラン・レネ監督作『二十四時間の情事』の、あの内なる情熱を秘めたフランス女性にこんな芸ができたとは、故・岡田英次もびっくりだろう。今年1 月に89 歳で亡くなったリヴァの新たな一面がこの映画に刻まれている。リヴァの遺作というだけでも必見だが、監督のフィオナ曰く、この映画は悲観的で暴力的で皮肉っぽく暗いムードの現代に逆らって作ったという。重苦しい時代を軽妙な足どりで渡り歩けそうな気分にさせてくれるアクロバットムービー。是非ともお見逃しなく!

 

◇初出=『ふらんす』2017年7月号

◎『ふらんす』2017年7月号に、抜粋対訳シナリオを掲載しています。

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著者略歴

  1. 中条志穂(ちゅうじょう・しほ)

    翻訳家。共訳書コクトー『恐るべき子供たち』、ジッド『狭き門』

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