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中条志穂「イチ推しフランス映画」

『アラン・デュカス 宮廷のレストラン』


©2017 OUTSIDE FIMS - PATHE PRODUCTION - JOUROR FILMS - SOMECI.

『アラン・デュカス 宮廷のレストラン』

+ 監督:ジル・ド・メストル Gilles de Maistre
+ 出演:アラン・デュカス Alain Ducasse

2018年10月13日(土)より、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開

配給:キノフィルムズ/木下グループ

[公式HP]http://ducasse-movie.jp/

 

 フランス料理界に革命を起こした天才アラン・デュカス。彼の料理哲学と成功の秘密に迫りながら、ヴェルサイユ宮殿内初のレストラン開店までを追ったドキュメンタリーである。アラン・デュカスは世界に30店舗以上のレストランを運営し、ミシュランで計18個の星を獲得している。世の中の潮流を見据えて常に新しい味を作り出しつつ、一年中、各国を飛び回って自分の経営するレストランの味を確かめることに余念がない。しかし一方で、廃棄食品を利用した料理を提供するプロジェクトに参加したり、恵まれない子どもたちのための料理学校も創設している。目下の一番の気がかりはレストラン「オーレ」の準備だ。これはヴェルサイユ宮殿内で初めてとなるレストランで、デュカスは18世紀の王族の食卓を現代風にアレンジして再現しようと考えた。そしていよいよ開店の日を迎えるのだった……。

 監督はドキュメンタリー『プルミエール 私たちの出産』を手掛けたジル・ド・メストル。自己宣伝は嫌だと拒否するデュカスを、1年間の説得の末、信頼関係を築き、ようやく映画化に成功した。原題はLa Quête d’Alain Ducasse(アラン・デュカスの探求)。

【シネマひとりごと】

 日本に初めてジョエル・ロブションのレストラン「タイユバン・ロブション」(現在は「ジョエル・ロブション」に改名)が恵比寿に開店したとき、パリの高級レストランがついに日本に、と大フィーバーが巻き起こった。開店当初は数か月後の予約しか取れない人気ぶりで、当時恵比寿の映画制作会社に勤めていた筆者は会社帰りに、あのお城のような非日常感の漂うゴージャスなレストランで食事してみたいものだと横目で眺めていた。そのロブションも今年8月に亡くなってしまった。ロブションの後輩ともいえる世界的な名シェフであり、ミシュランの星の数でも常にライバルだったアラン・デュカスは、ロブションを「フランス料理界の第一人者であり、日本の魅力を発見したのは彼だ」と追悼している。二人に共通するのは、職人としての手腕というよりも、世界を股にかけた料理哲学伝道者兼経営者としての力量である。実際、デュカスは厨房に立って料理をすることはまずない。料理の工程を頭の中で整理し、地産地消の吟味した食材を利用し、信頼できる料理人に店を任せるのが彼のスタイルである。

 デュカスはミシュラン史上最年少(33歳)で三ツ星を獲得したが、あらゆる意味でデュカスと対照的なのは、ミシュラン史上最高齢(92歳)で三ツ星を獲得し続けている小野次郎、すなわち高級寿司店「すきやばし次郎」の寿司職人である。ドキュメンタリー映画『次郎は鮨の夢を見る』は、なかなか息子に店を任せられず、高齢にもかかわらず現役で調理場に立つ小野次郎の徹底した職人ぶりを描き出している。一方、本作が描き出すように、デュカスは国のトップであるオランド大統領を前に、一料理人であることを超えて、毅然とした態度で世界の食糧事情の改善を熱く訴える。その瞬間、カメラは、こいつは御しにくそうだと言わんばかりの、オランド大統領の一瞬の困惑の表情を映し出す。ドキュメンタリー映画でしか見られないスリリングな名場面である。

◇初出=『ふらんす』2018年10月号

『ふらんす』2018年10月号「対訳シナリオ」で、映画の一場面の仏日対訳シナリオを掲載しています。

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著者略歴

  1. 中条志穂(ちゅうじょう・しほ)

    翻訳家。共訳書コクトー『恐るべき子供たち』、ジッド『狭き門』

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