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中条志穂「イチ推しフランス映画」

パリのタクシー運転手と老婦人の心の交流を描く『パリタクシー』

映画『パリタクシー』


© 2022 - UNE HIRONDELLE PRODUCTIONS, PATHE FILMS, ARTÉMIS PRODUCTIONS, TF1 FILMS PRODUCTION

監督:クリスチャン・カリオン Christian Carion
マドレーヌ:リーヌ・ルノー Line Renaud
クリスチアン:ダニー・ブーン Dany Boon
若き日のマドレーヌ:アリス・イザーズ Alice Isaaz

2023年4月7日(金)より新宿ピカデリー、角川シネマ有楽町ほか全国順次公開

配給:株式会社松竹

[公式HP] https://movies.shochiku.co.jp/paristaxi/

 パリのタクシー運転手と、訳ありの過去を抱えた老婦人の心の交流を描く笑いと涙の感動作。

 タクシー運転手シャルルは、稼ぎが少ないうえ休みも少なく、妻と娘とぎりぎりの生活を送る中年の男。しかも免停寸前で次に事故を起こせば無職になる恐れがある。そんなある日、パリの東郊外に住む92歳の老婦人を、パリを横断して西郊外まで送り届けることになる。彼女の名はマドレーヌ。長年住んだ家を引き払い、老人ホームへ引っ越すつもりだ。彼女はホームに行く前にあちこち寄り道をしてほしいとシャルルに頼む。初めはマドレーヌのおしゃべりに適当に相槌を打っていたシャルルだが、彼女の驚くべき身の上話を聞くにつれ、心が通い合うようになる。やがて夜になり、パリを横断するドライブも終わりを迎えようとしていた…。タクシー運転手とその客という他人同士の関係が、密室空間での対話によって思わぬ絆に発展してゆく。その過程を説得力豊かに描いている。朝から夕暮れへと変化するパリの美しい街並みを車窓から眺めているような気分になるロードムービーでもある。監督は『戦場のアリア』のクリスチャン・カリオン。主演は人気コメディアンのダニー・ブーンと、国民的シャンソン歌手のリーヌ・ルノー。原題はUne belle course(美しい道のり)。

【シネマひとりごと】

 タクシードライバーと客を描いた映画には、古くはマーティン・スコセッシ監督、ロバート・デ・ニーロ主演の有名な『タクシードライバー』や、ジム・ジャームッシュ監督『ナイト・オン・ザ・プラネット』、最近ではソン・ガンホ主演の大人気韓国映画『タクシー運転手』などがある。日本でも崔洋一監督『月はどっちに出ている』や、タクシーではないが運転手と客の対話が重要な濱口竜介監督『ドライブ・マイ・カー』、フランス映画ではその名も『TAXi』シリーズなど、枚挙にいとまがない。見ず知らずの他人と、これほど狭い空間で親密なひと時を共有する機会はめったにない。本作の運転手役はダニー・ブーンが演じている。ブーンは優し気な雰囲気があり、『ミックマック』や『バツイチは恋のはじまり』など、ちょっと冴えないが憎めない役が多い。ところが本作では、客である老婦人からしきりに話しかけられるのを初めはやや面倒くさそうに聞く、仏頂面から始まる役柄。「ファーストキスの味は……」などと話しかけられ、迷惑顔だったのが、次第に彼女の打明け話に共感し、持ち前の人懐っこい笑顔に変わっていく。この老婦人マドレーヌを演じたリーヌ・ルノーが、この上なくエレガントなマダムの品格を漂わせて素晴らしい。ルノーの実年齢はなんと95歳。大ヒット曲「フルフル」などで有名なシャンソン歌手だが、これまでたくさんの映画に出演している。特にダニー・ブーンとは公私ともに仲良しで、彼の監督作品にも数本出演しており息もぴったりだ。本作は、マドレーヌの若い頃の物語との二重構造になっていて、彼女の数奇な身の上話によって、タクシーの空間が一瞬にしてサスペンス劇場となる。非常にスパイスの効いたハートウォーミングな物語かと思いきや、それだけでは終わらない。まさに現代のおとぎ話としても楽しめるサプライズが用意されている。

◇初出=『ふらんす』2023年4月号

『ふらんす』2023年4月号「対訳フランス」に、映画の一場面の仏日対訳シナリオが掲載されています。

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著者略歴

  1. 中条志穂(ちゅうじょう・しほ)

    翻訳家。共訳書コクトー『恐るべき子供たち』、ジッド『狭き門』

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