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中条志穂「イチ推しフランス映画」

映画『ホーリー・カウ』

© 2024 - EX NIHILO - FRANCE 3 CINEMA - AUVERGNE RHÔNE ALPES CINÉMA

監督:ルイーズ・クルヴォワジエ Louise Courvoisier
トトンヌ:クレマン・ファヴォー Clément Faveau
マリー゠リーズ:マイウェン・バルテレミ Maïwène Barthelemy
ジャン゠イヴ:マティス・ベルナール Mathis Bernard

2025年10月10日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国順次公開

配給:ALFAZBET

[公式HP] https://alfazbetmovie.com/holycow/

 フランスで100万人が観たスマッシュヒット作。若手監督の登竜門であるジャン・ヴィゴ賞ならびにセザール賞最優秀新人監督賞を受賞した作品である。

 フランス東部のジュラ地方、コンテチーズの生産地。チーズ職人の父と7歳の妹と暮らす18歳の青年トトンヌは、父のスネをかじりながら、男友達とつるんで気ままな日々を過ごしていた。だがある日、父が交通事故で突然亡くなってしまう。トトンヌは一家の大黒柱として、妹の世話をしながら働かなければならなくなる。ほどなく生活のためにチーズ工場の清掃員となったトトンヌだが、同僚との諍いですぐクビに。そんな時、チーズのコンテストで金賞をとれば多額の賞金が手に入ることを知る。一念発起したトトンヌは伝統的な製法でチーズを作ろうと思い立つ。そのためには良質な牛乳が必要となり、酪農場を営むマリー゠リーズから生乳を盗みチーズを作ろうとするが……。

 突如過酷な人生に直面した若者が、自力で人生を切り拓く過程を鮮烈に描いている。監督のルイーズ・クルヴォワジエはこれが初長編で、本作で数々の新人賞を獲得した期待の若手女性監督。出演者全員に演技経験のない素人を起用し、瑞々しい感性がほとばしる作品を作り上げた。邦題の「ホーリー・カウ」は、欧米公開時の英語タイトルで、原題「Vingt dieux」(なんてこった、マジかよ、の意の慣用句)を英訳したもの。

【シネマひとりごと】
 ワイン作りを題材にしたフランス映画は多々あるが、チーズ作りが描かれたフランス映画は本作が初めてではないだろうか。日本映画では菅田将暉主演『糸』や大泉洋主演『そらのレストラン』で、主演俳優がチーズ職人を演じていたが、菅田将暉のほうは頭にのせた白帽子のせいか、給食当番の小学生感がぬぐいきれなかった。『ホーリー・カウ』の主人公も見た目は少年のようで、最初のうちは大鍋をかきまぜるさまがぎこちない。だが妹を養わなければならない重責に耐え、厳しい現実社会にさらされる過程で、逞しい顔つきに変化していく。劇中で主人公が「いいチーズを作るには高品質の生乳が必要で『ヴァッシュ・キ・リ』を作るのとはわけが違う」というセリフがある。日本でもおなじみ「笑う牛」のマークがついたこのチーズは、フランスのスーパーマーケットでは置いていないところはない大衆向けチーズだ。一方コンテチーズは、決められた品種の牛の生乳を使い、添加物を一切加えないなど、さまざまな厳しい規則で品質を認められたもののみ、コンテを名乗ることが許されている。市場に出ているコンテは、酪農家とチーズ職人とチーズ熟成士という3者のプロが誇りをもって作りあげた苦心の賜物なのである。物語のラスト近く、若き日の俳優ブノワ・マジメルを思わせる主人公の表情にも、チーズ職人としての誇りが表れる。コンテが熟成度によって味が変化するように、主人公自身が熟成されていくプロセスをこの映画で味わっていただきたい。

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著者略歴

  1. 中条志穂(ちゅうじょう・しほ)

    翻訳家。共訳書コクトー『恐るべき子供たち』、ジッド『狭き門』

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