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「猫ちゅみ観察記」長島有里枝

第48回 12月12日の観察

 東京も、明後日はいよいよ雪が降るという予報。ここ2日のハナ散歩がどうにも寒く感じるのは気のせいじゃなさそうだ。このあいだ押入れから引っ張り出したパネルヒーターや羽毛布団、ホットカーペットではこの寒さに対抗しきれず、3年前の正月にエアコンが壊れたとき買った石油ストーブを出した。

 購入当初は、木造住宅17畳用のストーブを居間に置き、一階全体を暖めようと思っていた。でも、そこには布があったり紙があったりするうえ、自分はキッチンにいるので目が届かない。これまで石油ストーブに触れる機会なく生きてきたので、本物の火を家の中で燃やすことや灯油の扱いに対する漠然とした不安が払拭できず、あれこれ悩んだ挙句キッチンのど真ん中、自分の席のうしろのデッドスペースに置くことにした。これを、動物たちに事故がないよう専用の柵で囲う。

 シーズン初の点火はわたしも緊張するが、小太朗も不安そうだ。警戒心MAXのゆっくりウォークで近づいてきて、物音がするたび背中をびくびくさせる。いざ火がつくと、しばらくはガラスの窓の中で荒ぶっている炎をおそるおそるながめているが、そのうちじんわりと自分のまわりが暖かいのに気づいて、床にちょん、と腰を下ろす。そして、まるで一人キャンプをしている芸人さんみたいに、ときおり炎を眺めては目を細めている。

 柵のせいで、冬のキッチンは狭い。おやつを食べたいこちゅみがみゃあみゃあ言い始めると、テーブルの下で寝ていたオハナも「なにかもらえるんですか?」とそれに加勢する。さらにRが冷蔵庫を覗きに来ようものなら、とんでもないカオス状態に陥る場合もある。

 オハナがホットカーペット派であるいっぽう、こちゅみはストーブ派、いや、あたたかい場所を点々と移動する家庭内ノマドと言うべきか。天気が良い日の午前中は2階の窓辺に陣取っているが、日が暮れるとエアコンの温風が当たる場所にやってきて、部屋干しの洗濯ものに紛れつつブランケットで丸くなるか、ホットカーペットでウルトラマン寝をしている。夜、ストーブが点くとまた移動してきて、柵にぎゅんぎゅんに寄りそって座る。網目の向こう側に、押し付けた脇腹のモフ毛とお肉がちょっぴり、ところてんのようにはみ出ていて非常に可愛い。

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著者略歴

  1. 長島有里枝(ながしま・ゆりえ)

    東京都生まれ。1999年、カリフォルニア芸術大学MFA写真専攻修了。2015年、武蔵大学人文科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。2001年、『PASTIME PARADISE』(マドラ出版)で木村伊兵衛写真賞受賞。10年、『背中の記憶』(講談社)で講談社エッセイ賞受賞。20年、写真の町東川賞国内作家賞受賞。22年、『「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ』(大福書林)で日本写真協会学芸賞受賞。23年、『去年の今日』で野間文芸新人賞候補。主な個展に「そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」(東京都写真美術館、2017年)、著書に『テント日記/「縫うこと、着ること、語ること。」日記』(白水社)、『こんな大人になりました』(集英社)、『Self-Portraits』(Dashwood Books)などがある。

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