第38回 7月6日の観察
毎日暑いのでもう少し涼しいところ、例えばヨーロッパのどこかに仕事で行けたらサイコーなんだけど、なんてぼんやり考えていた。でも、飛行機には乗りたくない。あの、人と近接に並んだ緊張空間に長時間、じっと座っていることが苦手なのだ。それに、誰もがガソリン旅を少しでも減らすほうがいいに決まってる。なにより、遠くへ行くとこちゅハナに長く会えないから寂しい。
先週、仕事帰りに聞いていたカーラジオのニュースで、ヨーロッパが熱波に襲われていることを知った。どこも同じような状況なのか。オハナの朝の散歩から戻ったRと、一階の掃き出し窓の外でまばゆい夏の光を浴びる庭を、立ったまま眺める。
今日も暑くなりそう。
だね。
うちはエアコン買い替えて涼しいけど、外の猫ちゃんたちは厳しいな。
そうだろうね。
この庭、避難場所にしちゃうか。
できるんじゃない、水とか置いて。日陰も結構あるし。
どうしたらいいかわからなくてなにもできないことより、それでも何かしたほうが良く、できることも実際ある案件のほうがきっと多い。行動をケアの観点から選ぶことが、これからますます意味を持ちますように。来るも来ないもわたし次第というイベントのためにヨーロッパと日本を往復することが、他者の生命をどれほど追い詰める事態なのか、ひとりじゃ計算できない。
AIの恩恵って、ヒト以外も受けてるのかな…。ヒトは科学技術で「効率化」を図るわりに、ヴァカンスとなるとGoogle Earthを眺めるだけでは飽き足らず、手のひら返したように「本物の経験」を求めるから厄介だ。
最近、この辺りでは夕立が続いている。空が曇ってきたところを見計らって、春から放置していた庭の雑草を抜いた。音を聞きつけた向かいのおばさんが通りに出てくる。おじさんの介護の話と近所のIさんの体調の話を、汗だくで草を抜きながら聞く。自生しているみょうがを何本か引っ張ってみたが、まだ実はついていない。あわよくば遅いお昼のもりそばに入れてやろうと始めた草取りだが、おばさんもまだ喋っているのでそのまま続けた。
ポリ袋三つ分の雑草を抜いたところで、ふと振り返ると掃き出し窓の内側にこちゅみがちょこんと座って、わたしの様子を眺めていた。何してるんですか。目が合うと少し首を傾げて神妙そうな顔をする。ガラス越しに見るこっちゃんは、汗だくの自分とは対照的に涼しげで幸せそうだった。手に染みついたどくだみの匂いに包まれながらわたしは、幸せそうなこっちゃんをみて幸せな気持ちになり、本物の経験ってこれじゃん、と胸に息を吸い込む。