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「猫ちゅみ観察記」長島有里枝

第15回 7月24日の観察

 先々週から忙しくて、ラブリー・コチュミント氏と関わる時間があんまり取れていない。まずは日帰りで京都に行き、続けて一週間フィリピンへ、そして今週は名古屋へという具合だ。常日頃、忙しくなりすぎないよう気をつけて暮らしているので、ここまで過密なスケジュールはまるで経験がないか、すっかり忘れてしまうほど昔にあったきりだ。2020年に有効期限が切れたパスポートも、こんな状況じゃどうせどこにも行かないしと放置していた。パスポート不所持の記録を伸ばすのが楽しくなってきたところだったけれど、必要に迫られてパスポートセンターに出向いた。どのぐらい海外から遠ざかっていたのか、興味本位でカレンダーを遡ってみると、2019年の台湾以来なんと5年振りだった。

 動物と暮らし始めてからこっち、我が家ではお留守番シフト制度を導入している。最初の子(チワワ)のときは息子も小さかったから、家を空ける仕事があってもRの面倒を見る人が必ずいて、パンちゃんも一緒に世話してくれた。でもいま、うちにいるのはこちゅみさん。猫では他所に預けることもできないし、成人したRは毎日家に帰ってくるとも限らない。そこで、同居する3人でシフトを組み、誰かしらが在宅するようにしているのだが、これをやると3人揃ってお出かけするのが不可能なだけでなく、デートをするにも話し合いが必要となってなかなか厄介だ。

 ところで、初めて訪れたフィリピンにはたくさんの野良犬と野良猫がいた。いや、「野良」ではなく「街犬」「街猫」と呼ぶべきかもしれない。アジアには行ったことのない国が結構あるが、カンボジアやシンガポール、台湾や上海などと比べても、初めて訪れたフィリピンの街中には首輪のない、おそらく飼い主もいない犬や猫が圧倒的に多くて驚いた。今回、観光客が行かないエリアなども訪れたせいか、彼らとすれ違うような機会もあった。

 彼らは逃げないし、騒がない。ただ、すーっと人間の横を、当たり前のように通り過ぎる。あるいは少しだけ距離を置いて、犬は犬、猫は猫どうし遊んでいる。そんなさまを見るにつけ、生きるということをどう捉えたらいいのかもわからないまま、胸に去来する想いや感情について、移動中の車窓から街の喧騒を眺めつつ沈思せずにはいられなかった。

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著者略歴

  1. 長島有里枝(ながしま・ゆりえ)

    東京都生まれ。1999年、カリフォルニア芸術大学MFA写真専攻修了。2015年、武蔵大学人文科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。2001年、『PASTIME PARADISE』(マドラ出版)で木村伊兵衛写真賞受賞。10年、『背中の記憶』(講談社)で講談社エッセイ賞受賞。20年、写真の町東川賞国内作家賞受賞。22年、『「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ』(大福書林)で日本写真協会学芸賞受賞。23年、『去年の今日』で野間文芸新人賞候補。主な個展に「そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」(東京都写真美術館、2017年)、著書に『テント日記/「縫うこと、着ること、語ること。」日記』(白水社)、『こんな大人になりました』(集英社)、『Self-Portraits』(Dashwood Books)などがある。

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