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「猫ちゅみ観察記」長島有里枝

第22回 11月11日の観察

 急に気温が下がってきて、このところ朝晩は暖房をつけている。先週末は、冬用の羽毛掛け布団も押し入れから出した。寒いのは嫌いだが、ここからは小太朗と添い寝ができる、嬉しい季節でもある。

 わたしは寝るのが遅い。ハナちゃんは、なにがあろうとマイペースを崩さず、早々にケージに入って寝てしまう。いっぽうのこちゅみは、わたしが寝るまで待とうとする。本当に待っているのかはわからないが、いつまでも寝ないのでそんなふうに見える。わたしの近くを音もなくうろうろして、ときどき、まだ寝ないの、と文句を言うみたいに、にゃおう、と声を出す。足元か、わたしの顔と同じ高さのタワーのステップに座る彼を振り返ると、ばちんと目が合う。真っ直ぐ目を見つめる、真剣そのものの顔でにゃあともう一度、ちょっと脅すみたいに牙を見せつけながらこちゅみは鳴く。ああ、ごめん、ママはまだ寝れないのよ。申し訳ない気持ちで返すとすんっと目を細め、いいのよそれでも大好きだからー、とでも言うようにゆっくり瞼を閉じて、開く。諦めているような、眠いことをアピってるような、そんな顔だ。それからエアコンの風が当たる場所に置いたフェルトのちぐらに移動し、その上でまるくなる。こちゅみ的に、ここは昼寝のスペースであって寝床ではないので、この段階ではまだ寝る気がない。

 こいつ、寝る気ないな。そう悟るとこちゅみも諦めて、ケージのなかのベッドに移動する。ここに来るともう起きないので、寝る支度が終わり次第、わたしもこちゅみを誘うことなく静かに2階の寝室に上がる。ベッドで横になって小太朗をじっと待つが、やっぱり来ない。うとうとしていると、階下から野太い声でみゃおう、みゃおう、みゃおわおう、と鳴くこちゅみの声が聞こえる。耳栓をしていても聞こえるぐらい声は大きい。こっちゃんおいで、とわたしも階下に応答する。まどろんでいると暗闇にぼんやり、小さく光る丸が現れる。蓄光素材でできたこちゅみのネームタグが光っている。

 枕元にやってきた光に向けて掛け布団を少し持ち上げると、もふもふの塊がお腹のほうまで潜り込んでくる。一回転して向きを変えたこちゅみが、わたしの腕に小さな顎を乗せる。抱っこしても、背中にブラシをかけても噛みついてくるのに、おなかを触ろうが背中を撫でようが、ぐるぐるぐる……と機嫌良さそうに喉を鳴らして、このときばかりは怒らない。撫でる手を止めるとやがてその音も消え、すぅーという寝息と、微かに顔にかかる息だけが残る。22年前、初めて赤ちゃんの隣で寝た日の嬉しさを思い出しながら、これ以上なく幸せな気持ちでわたしも眠りにつく。

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著者略歴

  1. 長島有里枝(ながしま・ゆりえ)

    東京都生まれ。1999年、カリフォルニア芸術大学MFA写真専攻修了。2015年、武蔵大学人文科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。2001年、『PASTIME PARADISE』(マドラ出版)で木村伊兵衛写真賞受賞。10年、『背中の記憶』(講談社)で講談社エッセイ賞受賞。20年、写真の町東川賞国内作家賞受賞。22年、『「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ』(大福書林)で日本写真協会学芸賞受賞。23年、『去年の今日』で野間文芸新人賞候補。主な個展に「そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」(東京都写真美術館、2017年)、著書に『テント日記/「縫うこと、着ること、語ること。」日記』(白水社)、『こんな大人になりました』(集英社)、『Self-Portraits』(Dashwood Books)などがある。

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