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「猫ちゅみ観察記」長島有里枝

第9回 4月2日の観察(2)

 滞在2日目、CONTEで昼食をとっていると、客足の落ち着いたタイミングを見計らってミホちゃんが遠くからわたしに目配せした。いまならナキに会えそう、と言うのでRと二人、テーブルを抜け出す。静かにね。ミホちゃんの後ろについて、自宅に繋がる階段をのぼっていくと、手すりとベランダの奥にある掃き出し窓越しに、キジシロ猫の姿が見えた。その子がナキさんだとすぐにわかった。写真で見るよりもずっと凛々しい……外を向いているせいで、瞳孔がシュッと細い線の形をしていることもあり、クールな印象を受ける。けれど人は苦手で、家に入るとどっか行っちゃうからここからね、とミホちゃんは言う。床に置かれた赤いクッションの上で、どっしり構えてこちらを見据えるさまはもはや神々しくさえあるのに、猫は見た目によらない。わたしたちは階段の途中で立ち止まったまま、窓越しにナキさんとしばらく見つめ合った。

 小太朗より二歳年上のナキさんは、やはり子猫のときミホちゃんに保護された。チビ太(仮称)を引き取ることに決まってからほぼ毎日送られてくるようになった写真と動画には、ナキがよく登場した。チビ太(仮称)を保護した当初は、ケージの中の子猫にシャーシャー言っていたらしいが、ケージからリリースされても物怖じせず、無邪気にまとわりついてくる小太朗にほだされたのか、次第に子煩悩な側面を発揮していったそうだ。尻尾で遊んであげたり、毛繕いをしてあげたり、じゃれていて興奮した小太朗が強く噛み過ぎたときは両腕で押さえつけ、ダメだよと優しく諭したり。猫同士のルールを、小太朗はほとんどナキさんから教わったと言っていい。

 キジ柄がお揃いということもあって、写真の中の二匹はまるで本物の親子みたいだった。ナキの隣にちょこんと座り、並んで襖が開くのを待つ後ろ姿や、ナキにくっついて寝ているときの安心しきった幸せそうな顔を見るのは嬉しかった反面、子猫を引き取ることはこの尊く美しい風景を壊すことでもあるんだという後ろめたさも感じた。小太朗が来るまでの1ヶ月半、なにが正解なのか本当にわからなくて、心待ちにしている子猫との生活が実現しなかったらどうしようと不安になることが何度かあった。そのぐらい、まだ会ってもいないキジトラの坊やに、わたしの心は完全に奪われてしまっていた。

 小太朗とナキさん、もしかしたらずっと一緒にいたいんじゃない? あるとき、不安な気持ちを思い切ってミホちゃんに伝えた。
 確かにナキは寂しくなると思うけど大丈夫。こっちゃんは有里枝ちゃんのおうちに行くよ! ミホちゃんはそういって、励ましてくれた。

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