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「猫ちゅみ観察記」長島有里枝

第2回

10月30日の観察

  

 今朝のハナ散歩はGが担当したので、7時半には起床しただろう人を尻目に9時11分のアラームで起きた。昨晩、鍋のシメに雑炊を食べたあと、Gはソファで寝てしまった。代わりにあと片付けをやった貸しがあるので、堂々とする。

 午前中は、DIYでガレージの修理。外でガサゴソやっているわたしたちをこちゅみが気にしているので、ガレージに面した洗面所の窓を開けてやった。桟に腰掛けてしばらく網戸越しにこちらを見ていたけれど、わたしは屋根の上に顔を乗り出していて見えないし、ガンガンガン! とトンカチで釘を打ち込む音だけが異様に大きいので、気づいたらいなくなっていた。

 午後はわたしだけ家に残り、人1、猫1、犬1で過ごす。昼ごはんに、残りもので簡単なパスタを作る。鶏胸肉の分け前を声高に主張するこた氏と、静かに距離を詰めてくるはなさんに、精神的に苛まれた。ようやく一息ついたのは15時44分、なんだかむなしい気持ちになる。いつからか、気づくと1日が終わってしまっていることが増えた。加えて、最近はこのぐらいの時間になると気分も身体も重い。更年期かしら。

 オハナが来てからの一週間、我が家のメンバーはみんな緊張しまくっていた。わたしの気がかりは、やはり小太朗のこと。それも「もし彼がオハナを受け入れられなくて、拗ねてわたしに懐かなくなったり、家出したりしたらどうしよう」という、よくよく考えると自分の不利益を心配しているだけの、不純なものだった。でも、絶対そうならないよう、オハナが来る前からこちゅみには、ママがどれだけこっちゃんを好きで、世界一大事に思っているか、声に出してしつこく伝え続けた。さいわい、心配はいまのところ杞憂に終わりそうだ。オハナの首に噛みつこうとしたり、お尻をペチン! と猫パンチしたりするかと思うと、鼻チューもする。間違いなく小太朗は、ハナちゃんに興味がある。ハナも、こちゅみに動じない。いまのところ、食べもの以外には興味を示さないオハナだけれど、どんなに無視されようとちょっかいを出し続ける小太朗のおかげで、少しずつ心を開いてくれるんじゃないかと期待している。わちゃわちゃとせわしない小太朗の行くほうに顔を向けたり、ときどき追ってみたり、わたしとこちゅみの遊びに興味を示して近づいてきたりするようになっている。

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著者略歴

  1. 長島有里枝(ながしま・ゆりえ)

    東京都生まれ。1999年、カリフォルニア芸術大学MFA写真専攻修了。2015年、武蔵大学人文科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。2001年、『PASTIME PARADISE』(マドラ出版)で木村伊兵衛写真賞受賞。10年、『背中の記憶』(講談社)で講談社エッセイ賞受賞。20年、写真の町東川賞国内作家賞受賞。22年、『「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ』(大福書林)で日本写真協会学芸賞受賞。23年、『去年の今日』で野間文芸新人賞候補。主な個展に「そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」(東京都写真美術館、2017年)、著書に『テント日記/「縫うこと、着ること、語ること。」日記』(白水社)、『こんな大人になりました』(集英社)、『Self-Portraits』(Dashwood Books)などがある。

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