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「猫ちゅみ観察記」長島有里枝

第13回 6月16日の観察

 4、5月は爪を剥がす事件(11回参照)などで、病院通いが多めだったこちゅみ。先生と話をするなかで、健康診断も受けておこうという運びになった。結果は問題なかったものの、通院に必要な1. キャリーに入る、2. 車に乗る、に対するこちゅみの苦手意識がやばかった。なんとかキャリーに入ってもときどき野太い声で鳴き、ようやく大人しくなったと思っても、腹のあたりを注視すると呼吸が早い……。そんな様子を見るのは忍びないが、かといって病院に行かないわけにもいかない。それに、人間の引っ越しや災害などの諸事情で、環境が変わるとか、キャリー暮らしを余儀なくされるとかっていうこともないとは言い切れない。加えてわたしには、いつかこっちゃんと散歩したいという密かな願望もある。

 猫飼いのあいだで、こうした苦手項目は一般常識とされているいっぽう、テレビやYouTubeではその常識を覆す猫たちの行動が紹介されもする。きっと賛否両論なのだろうけれど、人であれ猫であれ、個体の個性に向き合うことでしか、なにが可能または不可能なのかという問いへの答えは出ないように思う。猫の気持ちを正確に知る術がない以上、共に暮らすなかで互いの「落とし所」を探ることは決して悪いことじゃないだろう。それでいうと、ずっと気に入らなさそうだったのにいまでは大好き、というベッドやおやつは確実にある(こちゅみ氏はわたしに似て、新しいものへの警戒心が強い)ので、思い切ってショップサイトで「あとで買う」にしていたリュック型キャリーとベッド形キャリーを、どちらもポイントで手に入れた。まずは自宅で、これらがお気に入りになるまでベッドとして使ってもらい、適当なところでこちゅみ様、こちら実はキャリーでございまして、と種明かしをする。すでにその中でリラックスすることを覚えたあとなら彼も、快適な移動ライフを送ってくれるんじゃないだろうか。

 商品が届いてから二週間、開梱してさりげなくそれらを各所に配置しているのだが、こちゅみはまだ警戒を解いていない。ときどき覗き込んだり、手で持つタイプのドーム型キャリーに敷かれた低反発素材のモコモコクッションを攻撃したりしている。たったいまも、攻撃を終えたこっちゃんが中ではなくその外で、キャリーに添い寝をしている。いったい何考えているのか。話せないのがもどかしい。

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著者略歴

  1. 長島有里枝(ながしま・ゆりえ)

    東京都生まれ。1999年、カリフォルニア芸術大学MFA写真専攻修了。2015年、武蔵大学人文科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。2001年、『PASTIME PARADISE』(マドラ出版)で木村伊兵衛写真賞受賞。10年、『背中の記憶』(講談社)で講談社エッセイ賞受賞。20年、写真の町東川賞国内作家賞受賞。22年、『「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ』(大福書林)で日本写真協会学芸賞受賞。23年、『去年の今日』で野間文芸新人賞候補。主な個展に「そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」(東京都写真美術館、2017年)、著書に『テント日記/「縫うこと、着ること、語ること。」日記』(白水社)、『こんな大人になりました』(集英社)、『Self-Portraits』(Dashwood Books)などがある。

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