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「猫ちゅみ観察記」長島有里枝

第27回 1月24日の観察

 3月に京都芸術大学の仕事が終わると、京都を訪れる機会は少なくなる。最初の2年はパンデミックもあって右往左往したが、5年目のいま、ようやくペースを掴んで楽しくなってきた。ここで終わりは寂しいけれど、おうちでこちゅみ&はなちゅみと過ごす時間が増えるのは嬉しい。

 いまも京都にいて、今日は大学の暗室で写真をプリントしていた。こちゅみに会えなくてもそんなに寂しくないのは、昨年11月からモノクロフィルムで撮り始めた小太朗&オハナの写真を一日中、見ているからかもしれない。

 秋頃、無性に写真が撮りたくなった。運動不足解消に筋トレしよう!みたいな感覚で。カメラを覗かずにいると、写真家としての勘が鈍る。iPhoneで料理やこちゅみを撮ってはいるが、アナログカメラは別物。スマホの写真も、インスタにあげる前はこちゅみのネームタグを塗りつぶすレタッチぐらいするけれど、フィルム写真はまず現像してベタ焼きをとり、36カット分のネガから選んだイメージをひとつひとつプリントしていく身体的作業を経ないとかたちにならない。アナログ写真はイメージというより行為として、三次元的に存在する感じがあって好きだ。

 今となっては、暗室で写真と向き合う時間を生み出すために写真を撮っている気さえする。昔から暗室作業は好き、でも「撮る」と「プリントする」の優位性がひっくり返るほどではなかった。しかも、モノクロ暗室がやりたいから、という理由でモノクロフィルムを使っている。赤色灯でほの暗く照らされた部屋で、水が流れる音を聞きながら一日過ごす。被写体って実は、この贅沢な時間のパートナーなんだと感傷的に思ったり。可愛いから猫ちゃんの写真を撮ってるだけじゃなかった。しんとした暗室でひとり、真っ白な紙を現像液に浸して微かに揺する。ゆっくり浮かび上がってくる、いつかのこっちゃんの凛々しい姿。そのたびに、大好きなこっちゃんと出会う喜びを感じる。お留守番の猫ちゃんには悪いが、みゃおわおにはこうやって一人、遠くからこっちゃんを思う時間も必要なんだ。

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著者略歴

  1. 長島有里枝(ながしま・ゆりえ)

    東京都生まれ。1999年、カリフォルニア芸術大学MFA写真専攻修了。2015年、武蔵大学人文科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。2001年、『PASTIME PARADISE』(マドラ出版)で木村伊兵衛写真賞受賞。10年、『背中の記憶』(講談社)で講談社エッセイ賞受賞。20年、写真の町東川賞国内作家賞受賞。22年、『「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ』(大福書林)で日本写真協会学芸賞受賞。23年、『去年の今日』で野間文芸新人賞候補。主な個展に「そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」(東京都写真美術館、2017年)、著書に『テント日記/「縫うこと、着ること、語ること。」日記』(白水社)、『こんな大人になりました』(集英社)、『Self-Portraits』(Dashwood Books)などがある。

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