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「猫ちゅみ観察記」長島有里枝

第43回 9月22日の観察

 窓を開け放して気持ちよく過ごせる季節の到来! 木曜までは絶望的に暑かったが、金曜日に秋が来た。

 先週は、ヒトの家族に代わるがわる出張や外出の予定があり、さらに雨の日もあって、ハナと散歩に行くタイミングの見極めが難しかった。3度のご飯や朝晩の薬を忘れずにあげ、お水を替え、トイレを掃除するなどのミッションをちゃんとこなしても、それだけだと小太朗は不服そうだ。家にいる時間が減ると、距離を感じ始める。忙しいわたしを慮ってのことなのか、あるいは静かなお仕置きなのか…。きっと、我慢と不満が入り混じった複雑な気持ちなのだろう。

 涼しくなった金曜日は朝から千葉で撮影があり、帰宅したときにはもう外が暗かった。灯りを点けた玄関にこっちゃんの姿はなく、代わりにハナが、くーんと甘えた声を出しながら尻尾をぶるんぶるん振って立っていた。機材一式を居間に置き、手を洗ってうがいをして戻ると、いつのまにかこちゅみがいた。むーん、と口を閉じたまま鳴いて、わたしの横を小走りで抜け、1mほど追い越したところでこちらに背を向けている。尻尾をゆらゆら揺らしてちょっと気を引こうとしているっぽいが、わたしにはまだやることがある。こっちゃんの気持ちと自分のこと、どっちを優先させるべきか悩む。

 寂しくてもこちゅみは鳴かない。鳴いて訴えてくるのはお肉が欲しいときだ。自分を見てほしいときは、逆にみゃおわおをじっとりと見つめてくる。食器棚の上から見下ろされることもあれば、アイランドテーブルの上でこっそり見ていることもある。見られていることにわたしが気づくと、静かに目を細める。小さくて微妙なこのジェスチャーが、猫界最上級の愛情表現だということはもちろんわかっている。

 夕飯の支度を優先した罪悪感から、晩御飯に使う鶏や豚を少しだけよけて茹でてあげると二匹ともすごく喜ぶ。けれども多分、寂しいネコに必要なのはいつでも、特別なおやつよりみゃおわおと過ごす時間だ。そんなわけで、この原稿の二段落目中段と四段落目のおわりには、狩りごっこと追いかけっこが計30分ほど挟まれている。

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著者略歴

  1. 長島有里枝(ながしま・ゆりえ)

    東京都生まれ。1999年、カリフォルニア芸術大学MFA写真専攻修了。2015年、武蔵大学人文科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。2001年、『PASTIME PARADISE』(マドラ出版)で木村伊兵衛写真賞受賞。10年、『背中の記憶』(講談社)で講談社エッセイ賞受賞。20年、写真の町東川賞国内作家賞受賞。22年、『「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ』(大福書林)で日本写真協会学芸賞受賞。23年、『去年の今日』で野間文芸新人賞候補。主な個展に「そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」(東京都写真美術館、2017年)、著書に『テント日記/「縫うこと、着ること、語ること。」日記』(白水社)、『こんな大人になりました』(集英社)、『Self-Portraits』(Dashwood Books)などがある。

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