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「猫ちゅみ観察記」長島有里枝

第40回 8月8日の観察

 今日はこちゅみ3歳の誕生日。7月下旬ぐらいから「お誕生会!」と思っていたが、あいにく終日、外の仕事が入った。Gは夕方からスタジオへ、Rは旅行中で不在と、家族の足並みは揃わない。昨日も一昨日もわたしは留守だったし、ちゅみ氏はさぞかし、おこだろう・・・。

 帰り道、途中駅のスーパーでマグロのさく(刺身用)を買った。それを小さな角切りにして、「三歳の誕生日おめでとう!」とこちゅみに差し出すと、アイランドテーブルに飛び乗り、目を細めてはぐはぐ食べる。足元で私を見上げて尻尾を振るハナちゃんにもお裾分けし、自分も山かけにして少しつまんだ。こちゅみのおかわり分をちょっと残し、冷蔵庫にしまう。

 8月8日はわたしが決めた書類上の出生日だ。この日を選んだのは、こちゅみを保護した友人Mちゃんちの猫(こっちゃんの義姉兄)も、それぞれゾロ目の誕生日をもらっていたからだ。沖縄は首里の路上で、赤ちゃんこちゅみが発見されたのは2022年9月2日。獣医の見立てでは生後1ヶ月弱だったそうなので、8月8日はいい線だと思う。あとからわかったことだが、その日は世界猫デーでもあった。知らなかったとはいえ、猫界の最重要祝日が誕生日なんてミーハーすぎやしないだろうかと、ちょっと悩んだ。

 しばらく一緒に暮らせば、相手の性格や癖はわかってくるものだ。こちゅみもしかりで、赤ちゃんのときはわからなかった彼の猫となりを知るにつれ、この子の誕生日は2で割り切れる数字ではないのでは、と思うようになった。なんだかちょっとわたしに似て、自分で自分を持て余してしまうような、無頼派感が彼にはある。

 ちなみに、わたし自身は誕生日が素数なのだ。大好きな、素数。この発見をしたときは驚き興奮したが、いや、よくあることなのかもしれないぞとも思い、すぐに身近な人の誕生日も片っ端から調べてみた。すると、月日のみの2〜4桁が素数の人はいても、西暦から始まる6〜8桁の数字が素数になったのは自分だけ。そこで今度は逆に19〇〇から始まる6〜8桁の数字の素数を調べ、その誕生日の人を探したが、該当者にはまだ会えていない。それで先日、こちゅみの誕生日はどうだろうと思い、8日ではなく奇数の7日と9日で調べてみると、202289は素数だとわかった。

 大好きな友人やパートナー、息子に対してさえ、こっちゃんに抱くような「似た者同士」感は覚えない。もちろん、こうした印象の所以が素数の誕生日である根拠はどこにもなく、ただの直感と妄想的空想力の賜物としか言いようがない。でもなんか、だからこそ運命を感じる。残念ながら、マイクロチップ登録時に記した誕生日を変更することはできないらしく、こちゅみの公式誕生日は今後も8月8日だ。けれど密かにわたしは、こっちゃんの本当の誕生日はきっとその翌日だ、と思って暮らしている。

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著者略歴

  1. 長島有里枝(ながしま・ゆりえ)

    東京都生まれ。1999年、カリフォルニア芸術大学MFA写真専攻修了。2015年、武蔵大学人文科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。2001年、『PASTIME PARADISE』(マドラ出版)で木村伊兵衛写真賞受賞。10年、『背中の記憶』(講談社)で講談社エッセイ賞受賞。20年、写真の町東川賞国内作家賞受賞。22年、『「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ』(大福書林)で日本写真協会学芸賞受賞。23年、『去年の今日』で野間文芸新人賞候補。主な個展に「そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」(東京都写真美術館、2017年)、著書に『テント日記/「縫うこと、着ること、語ること。」日記』(白水社)、『こんな大人になりました』(集英社)、『Self-Portraits』(Dashwood Books)などがある。

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