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「アクチュアリテ 食」関口涼子

フランス料理界のハラスメント問題

 料理界の保守的な体質については10年ほど前から散発的に指摘されていたが、今年急速に可視化しつつある。この秋、大手日刊紙リベラシオンが厨房での(性)暴力について5ページを割いて特集したのをはじめ、ル・モンドの日曜版も10ページの特集を組んだ。記事では、女性シェフが自らの写真と実名を掲載許可し、自分たちが受けたセクハラの経験について語っている。ラジオやテレビ番組でも特集が組まれた。


女性シェフたちのMeTooを特集したル・モンドの日曜版

 シェフやソムリエ、生産者の中に女性が増えていることがこの運動の背景にあるだろう。自らレストランを経営する女性シェフも現れ、雇われの身であるせいでハラスメントに耐えなければならない状況は変わりつつある。また、若い世代の男性には、ハラスメント自体を職場からなくそうと女性たちに協力的な場合が多い。長時間労働と過労が職場のストレスを増やしているため、職場全体の状況改善が何より不可欠だという指摘も出ている。

 ジャーナリズムも変化した。伝統的に男性の担当だった美食評論はかつての地位を失い、社会・環境問題を含め広く食の問題を扱う記者に地位を譲った。新聞記者、料理雑誌の編集者や編集長に女性が増えてくると同時に、今までは陰に隠れがちだった話題が取り上げられるようになった。

 ガストロノミー界専門のコンサルタント会社も、ハラスメント問題についてのフォーラムを企画している。職場の透明性を獲得しなければ業界全体のイメージが下がってしまうことを懸念してだろう。要請に応え、職場の女性スタッフの割合を公表している星付きレストランもあるし、料理専門学校に、健全な職場づくりについての啓蒙的な授業を提案する動きもある。

 関根拓シェフの自殺は業界に衝撃を起こした。ただ、この事件のせいで食の業界のハラスメント問題がタブーになってはいけない。今後このような悲劇を起こさないために、今こそレストランで働く女性たちの声を拾い、伝えていくことが必要だというジャーナリストたちの倫理観がこれらの特集からは見受けられる。

 フランスの外食産業は、コロナによる多大な影響を受けた。春の2か月の外出制限に続き、11月現在再びレストランは営業停止を強いられている。レストラン業界を魅力的なものにし、才能ある人材を集めるためには、組織的な改革が必要だという意識を多くの人が共有しているように思われる。

◇初出=『ふらんす』2021年1月号

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著者略歴

  1. 関口涼子(せきぐち・りょうこ)

    著述家・翻訳家。著書Fade、La voix sombre、訳書シャモワゾー『素晴らしきソリボ』

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