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「アクチュアリテ 食」関口涼子

最適な営業形態を模索する、料理人たち

 コロナの時期から始まったレストラン業界の人手不足はとどまるところを知らない。2020年2月から2021年2月までの間に外食産業から離れた人たちは23万7千人にのぼる。原因は様々だが、その一つに、レストランの営業停止をきっかけに自らの労働状況を客観的に見る機会を与えられた、ということがある。長時間労働、決して高くはない給料、ストレスの多い職場環境……。サービスに従事する人たちだけではなく、自ら店を持つシェフの間にも、自らの働き方を変えた人たちは少なくない。

 レストラン経営からケータリング業に鞍替えしたシェフがいるかと思えば、イベント料理を請け負う形態に変えた料理人がいる。プライベートディナー専門のシェフになったり、料理教室を並行して開講する料理人もいる。深夜まで働かなければならないディナー主体だった営業を、ランチ営業にシフトしていく店、また、土日閉店する店舗、さらには週の3日店を閉めるところも出てきた。これは、スタッフの人数が足りないという理由によるところもあるが、より「人間的な」労働環境を求めての場合もある。

 また逆に、これまではイベントからイベントへと場所を移って料理をするノマドシェフだった人が、自分の店を持つことに決めたという場合もある。その一人であるセリーヌ・ファムに理由を聞くと、イベントというのは結局毎回店を開くのと同じくらいのエネルギーを使うものだし、その度にゼロから始めなければならないから信頼関係を築きにくい、自分の店を開くことで、これからは生産者の人たちと息の長い関係を培っていきたいのだ、という。そういう彼女も、店を開くのは夏の観光客で賑わう街アルルで、年の半分、ハイシーズンだけ営業し、残りは海外でのイベントや、自分の充電期間に当てるつもりだという。そういった料理人を対象にしたビジネスも目立つ。料理に関わるイベントを行いたい企業とシェフを結びつけたり、シェフが海外のレストランで働くためのサポートをしたり、短期滞在を伴う活動を斡旋するエージェントも一気に増え、新しい働き方が新規のビジネスを生んでいる感じもある。

 レストラン業界で働く人々は、若いうちからこの世界に飛び込むことが多く、厳しい労働環境も、仕事とはそういうものだと思って受け入れてきたケースが多い。今回のコロナによってプライベートな時間が初めて持てたという人たちが元には戻れないのも当然だ。今まで料理人の道は一つしかないと思い込んでいた人たちが、既存のレストランの他にも料理を提供するやり方があることに気がつき、自分のやりたいことや生活リズムに合わせた営業形態を模索することにより、私たち顧客にとっても「外食すること」の幅が広がるのではないだろうか。


オペラ・ガルニエでのイベントで750人分の食事を供したセシル・ファム
© Cécile Pham

◇初出=『ふらんす』2022年5月号

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著者略歴

  1. 関口涼子(せきぐち・りょうこ)

    著述家・翻訳家。著書Fade、La voix sombre、訳書シャモワゾー『素晴らしきソリボ』

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