温暖化に対する答えとしてのシャンパーニュ
温暖化によって栽培できる作物の地域帯が変化しているが、ワインもその例外ではない。気温が上がれば糖度も上がり、アルコール度数もそれにつれて高くなるし、もちろん味も影響を受ける。ワインと異なり、シャンパーニュのように、アルコール度数が12度でなくてはならないという規定を受けている場合、条件は一層厳しくなる。度数を一定にするためには、糖度が上がりすぎる前に早めに収穫するなどの措置が必要だし、そうなれば味のバランスが崩れかねない。そしてこの上なお気温が上がり続ければ、シャンパーニュを作ること自体が難しくなるからだ。ワインメーカーや投資家の中には、今後の気温上昇を見越してイギリスに土地を買うケースも増えている。
そんな中、シャンパーニュメゾンの老舗、ルイナールが新しく出したキュヴェは、温暖化によるシャンパーニュの味の変化を隠そうとせず、それを良さとしてあえて生かそうと試みた品だ。セラーマスターたちは、猛暑の年には決まって、いつもとは異なるアロマが現れることに気がついていた。これまではそれをアサンブラージュと呼ばれる、シャンパーニュ特有のブランド技法により調和させ、同じ味を保ってきたのだが、ある時から、今後気温の上昇が続くのであれば、現実に目を背けるよりもその事実と正面から向き合ったキュヴェを作ろうと決め、試みを重ねてきた。
そして2022年のプロトタイプを経て、2023年出されたのが、「キュヴェ・プレスティージュ」と名付けられた限定版だ。少数生産で、一般には出回らず、シャンパーニュ地方にあるルイナールに直接赴くか、提携レストランのいくつかで試すことができるだけだが、このキュヴェを知らしめることにメゾンとして力を入れているのは、メゾンとして、環境変化に対する意識が高いことを示すためでもあるのだろう。
実際に試飲するとハーバル感があり、ハーブを多用する最近のナチュラル系のフレンチに合うだろうと想像させられたし、また、ドライマンゴーのような香りは、スパイスを多用した国の料理やタイ料理やヴェトナム料理などをも思わせる。実際、ヴィーガンフレンチとのペアリングではこのシャンパーニュの多様なアロマが上手に花開いていた。そういう意味では、現在の気候変動に対するひとつの答えであるだけではなく、味覚的にも、現代の料理の変化と歩みを共にしたシャンパーニュになっていると言えるだろう。
今後気候変動は加速していくばかりだろうから、こういった味の変化は至る所で現れてくることだろう。ある種の野菜や果物を栽培可能な地域が変わってくるだけではなく、作物の味自体もいままでとは変わってくるということもあり得る。そのような野菜や果物には、どんなお酒を合わせたらいいのだろうか。そういったことを考えさせられるきっかけになるという点でも、こういった試みには十分意味があるだろう。