フランス産マスタードがスーパーから消える?
気候変動、ロシアとウクライナの戦争、燃料高により、世界的な食料危機と食料品の値段の高騰が危惧されている。すでに多くの食料品の価格が日本でもフランスでも上がっているが、フランスでは、特に伝統料理に関わる商品、マスタードの不足が数か月前から問題になっている。ヨーロッパで消費されるマスタードの半分はフランス製であり、ディジョンのフレンチマスタードは有名だが、実はフランスは原料である、からし菜の種子の8割をカナダから輸入している(15パーセントは他の海外諸国から、自国の栽培は5パーセント)。
しかし、昨年の夏、50度近くの猛暑に見舞われたカナダでは、収穫量が半分に。他の輸入国としてはロシアとウクライナがあったが、こちらも戦争のせいで輸入は止まっている。フランスでは、マスタードの種の栽培は第二次大戦以降急減していたせいで、他の商品と比べてもマスタード不足は顕著であり、スーパーの棚からマスタードが消える事態に至っている。リヨン料理にはマスタードが欠かせないが、現状に対応するため、マスタードを供しなくなった店や、ソースのレシピを変えるようにしている店も現れたという。
商品のほとんどないマスタードの棚
しかし、これを機会に、フランス産のマスタードの栽培を試みるところもある。実はフランスでのマスタード栽培は10年ほど前から少しずつではあるが増えている。シャラント=マリチム県の有機農法地方協同組合では、2019年以降、からし菜を栽培している。からし菜を好む害虫は多いので、手間がかかりリスクも多くはあるが、水をそれほど必要としないことから、環境負荷は少ないとされている。マスタードで有名なブルゴーニュ地方でも、原料の値段が上がったのを見てマスタード栽培にかかる農家も増えてきた。あと数年すれば、フランスのマスタードはフランス産でまかなえる、とディジョンのマスタードメーカー社長、リュック・ヴァンデルメーゼンは希望的な観測を述べている。国内のマスタード原料は1~2割割高になるが、「100% made in France」を打ち出したいメーカーなどはこの傾向を歓迎している。
国立農業研究所の研究所長、エルヴェ・グイヨマールは、ひまわり油という特殊例を除けば、フランスでは食料不足を心配する必要はなく、農産物においてはほぼ自給自足だという。しかし農産物の輸入高よりも輸出高の方が高い国ではあるが、それでも、この10年ほどは食料輸入率が年々上がっているのだという。そう言った、海外から輸入される食品や原料に関しては、値上がりは避けられないだろう。日常的な食品ではないが、エスカルゴも去年比で4割高、ワインボトルやキャップのアルミニウムが不足しているという話もあり、今後、思いもかけない食品が不足する懸念がないわけではない。
◇初出=『ふらんす』2022年9月号