第12回 共和国よ!:『サンバ』
『サンバ』(2014) Samba
監督・脚本:エリック・トレダノ、オリヴィエ・ナカシュ
出演:オマール・シー、シャルロット・ゲンズブール、タハール・ラヒム
ふらんす2017年3月号
表紙絵: Cato Friend 表紙写真: 神戸シュン ブックデザイン: Gaspard Lenski et 仁木順平
共和国よ!
洗い場用のエプロンをつけたまま、レストランの出口でタバコを吸っている男たち。アフリカから、アジアからやってきた彼らは、つかの間の休憩中なのだろう。この男たちの姿が、ずっと、ぼくらの心から離れなかった……。
『最強のふたり』(2011)の大ヒットで、日本でも広く知られるようになったエリック・トレダノとオリヴィエ・ナカシュの両監督。彼らの新作である『サンバ』の出発点について、二人はこんな風に語っています。そうです、このフィルムは、〈働く〉ということの意味を問いかけています。(エリックの両親はスペイン系とモロッコ系、オリヴィエの両親はアルジェリア系、そして二人ともユダヤ系です。)
セネガルからやってきたサンバは、パリに来て以来ずっと、皿洗いとして働いてきました。そして10年経ち、本来ならもらえるはずの滞在許可証を申請したのですが、なぜか却下。それどころか、逆に CDG(シャルル・ド・ゴール)空港隣の一時収容所に入れられ、「すみやかにフランス国外に出てください、ただし自腹で」という(中途ハンパな)命令を受けます。でも、この命令を受けて、ハイそうですかと帰る移民はまずいません。なんとか一年ヤミで働いて食いつなぎ、その時点で再申請することを目指します。サンバは〈働く〉のです。
収容所では、移民たちを支援するボランティアの人々が活動しているのですが、サンバはその中の一人、アリスと仲良くなります。大企業で、「奴隷」のように〈働く〉ことを余儀なくされ、ついに燃え尽きてしまった彼女は、リハビリの一環として、支援活動を手伝っていたのです。サンバとの付き合いの中で、アリスは笑うことを思い出します。サンバもまた、彼女の(壊れそうな)懸命さに、強く魅かれてゆくことになります。
とにかく街に戻ったサンバ。けれども退去命令を受けた彼は、もうサン・ラザール駅裏手のレストランの洗い場にいた「サンバ」に戻ることはできません。彼は「名無し」となり、パリ北西オルネー=スー=ボワのモールO’Parinorで、ヤミの警備員となります。そして次には、叔父さんのIDを借りて「ラムナ・ソー」になると、ラ・デファンスの高層ビルで窓拭きをし、凱旋門から南に伸びるクレベール大通りでアスファルト舗装工事をし、またエッフェル塔近くの現場では、警察の手入れを逃れ、建物の屋根を逃げ回りもします。さらには、偽造IDを(フォブール=デュ=タンプル通りで)入手すると、今度は「モビド・ディアロ」として、ゴミの選別に出向きます。そしてそれから……、彼は「ジョナス」になります。政治難民の認定を受けた後、事故死したジョナス。サンバは彼のIDカードを持っていたのです。(ジョナスの死は、サン・マルタン運河での事故によるものでした。ただこの事故の大元は、サンバの浮気心が引き起こしたトラブルでした。サンバは天使ではありません。)
映画の最終局面では、「ジョナス」はなんと、サン=ルイ島からシュリー橋を渡ったところにある、フランス共和国親衛隊本部Garde républicain Célestins(!)のレストランで、〈働く〉機会を得ています。騎馬憲兵たちに守られたその場所は、いわば「フランス」の最深部と言ってもいいでしょう。堂々たる体軀の馬たちは、権力の象徴なのです。ただし、サンバがこの権力装置としての「フランス」に迎え入れられるためには、政治難民である仲間に成りすますしかなかったわけですが。
そしてラストシーン、仕事を終えたサンバは、以前渡し損ねたプレゼントを手に、アリスに会いにゆきます。彼女もまた、グローバルな競争に明け暮れる仕事場に復帰しました。それはまるで、病んで薬漬けになっていた“マリアンヌ(=フランス共和国を象徴する女性)”が、不法移民(=サンバ=革命の理念から締め出されたもの)の力を借りて、再び戦線に復帰したかのようです。かつてモンソー公園の子馬に触れて癒されていたアリスの姿が、今、立派な馬たちとともにいるサンバの背後に、二重写しになって浮かび上がってきます。
恋するサンバとアリス、二人は笑顔を浮かべています。でも、サンバは「ジョナス」として生きるしかないし、今の、移民たちに冷たいと言われるフランスにおいて、この笑顔がどれだけ長持ちするのか、それがとても気がかりです。(グローバリズムの問題? たしかにそれもありますね。)そして観客の耳には、どこからか、切ない叫びが聞こえてくるのです、「共和国よ!」
◇初出=『ふらんす』2017年3月号