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清岡智比古「映画の向こうにパリが見える」

第5回 それでもこの街しかない:『友よ、裏切りの街に眠れ』

『友よ、裏切りの街に眠れ』(2013) Un p'tit gars de Ménilmontant
監督・脚本:アラン・ミニエ
主演:オリヴィエ・マルシャル、カトリーヌ・マルシャル

 

ふらんす2016年8月号 表紙絵: 佐々木啓成  表紙写真: 神戸シュン  ブックデザイン: Gaspard Lenski et 仁木順平

ふらんす2016年8月号
表紙絵: 佐々木啓成  表紙写真: 神戸シュン  ブックデザイン: Gaspard Lenski et 仁木順平
 

 

それでもこの街しかない

 「フィルム・ノワール film noir」という言葉、お聞きになったことがあるでしょうか? この「黒い映画」を意味する映画用語は、もともと 1940~50年代の、一連のアメリカ映画を指していました。それらの作品群は、一見ギャング映画に似ているのですが、実はそこで描かれているのは、単なる暴力や犯罪ではありません。それはむしろ孤独や頽廃であり、主人公たちが生きる、なんとも取り返しのつかない感じなのです。そして彼らは必ず、都会の片隅に生きています。

 今月の映画、『友よ、裏切りの街に眠れ』(2013)は、現代によみがえった、しかもフランス製のフィルム・ノワールです。その舞台は、原題の Un p’tit gars de Ménilmontant(メニルモンタンの少年)を見れば明らかですね。長らく城壁の外に置かれ、1860年にやっと「パリ」に編入されたメニルモンタンは、下町とも、労働者の街とも言われ、古くから多民族空間でした。HLM だってあります。そしてこの街は、お隣のベルヴィルBelleville から連なるパリの高台で、ということは坂の多い、あるいは急な階段が突如現れるような街でもあるのです。

 冒頭、この街らしい石畳の坂を上ってくるのは、殺人による 15 年の刑期を終えて出所したばかりのジョーです。古巣メニルモンタンに舞い戻った彼を待っていたのは、けれど、グラフィティだらけの、様変わりした街でした。かつて愛し合ったマリアンヌも、新しいパートナーを見つけ、一人息子のユーゴと暮らしています。(でもその子、ほんとはジョーの息子です。)相棒だったアラブ系のマクルフも、今では小さなバーの店主に収まり、彼の奥さんはジョーの帰還を歓迎しません。しかもあろうことかマクルフは、地元の、まだ十代のワルたちの言いなりになっている始末です。

 ジョーが最初に取りかかったのは、かつて逮捕される前に埋めておいた金を掘り出すこと。ただ、見つかった金(フラン)をユーロに換金する際のトラブルで、ジョーは相手を撃ち殺してしまいます。(あらら!)

 また、ユーゴが自分の息子だと知ったジョーは、なんとか、ビュット・ショーモン公園で息子と散歩する機会を得ます。でも繊細な中学生は、帰宅後母親に言うのです、もうあの人には会いたくないと。さらにジョーは、相棒マクルフをいたぶるアラブ系のワカゾー、ナシムにも黙っていません。銃を突きつけ、二度とマクルフに近づくなと脅します。(ただし、ナシムの暴力の裏には、彼が追い込まれている生きづらさがあります。HLM、母子家庭、パートを3つ掛け持つ母、描けない未来……。ナシムは麻薬を売ることを覚え、ついには拳銃を手にするのですが、このあたり、ジョーの元カノで白人&金髪のマリアンヌが、驚くほど簡単に正社員の職を得るのとは対照的です。)

 出所してきたギャングが、街の変貌ぶりに戸惑うというのは、ほぼ「定型」と言えるかもしれません。そしてその変貌の核にあるのが、新興のワルの存在である点も。ただこのフィルムが興味深いのは、その新興派が、アラブ系やアフリカ系を中心とする低年齢のワルたちである点です。つまりここでは、「郊外映画」に登場するような若いワルたちが、「パリ」を根城とする古いタイプの白人ギャングと出会っているわけです。そしてこんなことが起こりうる場所、それがメニルモンタンなのだと、このフィルムは訴えているようなのです。

 この作品の撮影場所は、ほぼすべてメニルモンタン界隈です。マクルフのバーは、メニルモンタン通りを上り切る直前のルトレ Retrait 通りとの角。ジョーがマリアンヌと再会する薄暗く狭い階段は、フェルナン・レノー Fernand Raynaud通り。ワルたちがたむろするのは、クロン ヌ Couronnes 通 り の HLM の 入 り 口あたり。マール de la Mare 通りの、廃線(旧小環状線)にかかる小さな鉄橋も、ベルヴィル公園からの景色も印象的です。

 そしてエンドロールには、シャルル・トレネの名曲、「メニルモンタン」が流れます。♪そうですともマダム、ぼくはこの街に心を残してきました、だから今、それを取りに戻ったんです……。

 けれども、フィルム・ノワールにハッピー・エンドはありません。だって物語が始まった時点ですでに、取り返しのつかない状況なのですから。もちろんそれは、もう彼のものじゃない家族、もう彼のものじゃない街にしがみついているジョーの場合も同じです。でも、それでも彼には、メニルモンタンしかないのです。

◇初出=『ふらんす』2016年8月号

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著者略歴

  1. 清岡智比古(きよおか・ともひこ)

    明治大学教授。仏語・仏語圏の文化・都市映像論。著書『エキゾチック・パリ案内』『パリ移民映画』。ブログ「La Clairière」 http://tomo-524.blogspot.jp/

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