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清岡智比古「映画の向こうにパリが見える」

第6回 パリの一夜と拾った拳銃:『憎しみ』

『憎しみ』(1995) La Haine
監督・脚本:マチュー・カソヴィッツ
出演:ヴァンサン・カッセル、サイード・タグマウイ、ユベール・クンデ

 

ふらんす2016年9月号 表紙絵:竹田嘉文  表紙写真: 神戸シュン  ブックデザイン: Gaspard Lenski et 仁木順平   

ふらんす2016年9月号
表紙絵:竹田嘉文  表紙写真: 神戸シュン  ブックデザイン: Gaspard Lenski et 仁木順平

 

パリの一夜と拾った拳銃

 パリ郊外、そして移民系の若者を語るとき外せない映画は? と訊かれたら、やはり『憎しみ』(1995)を挙げないわけにはいかないでしょう。「郊外映画」という言い方を広めたのは、21年前のこのモノクロ映画だったし、2005年の暴動の時には、『憎しみ』みたいだ、なんて言われたものです。(主演のヴァンサン・カッセルはもちろん、ブノワ・マジメル、ヴァンサン・ランドン、カリン・ヴィアールらの、若き日の姿も拝めます。見つけられるかな?)

 映画の冒頭、放火されたクルマが燃え上がった瞬間、ああこれはただ事じゃないと、すぐにピンときます。それに続くのは、背景に流れるボブ・マーリーの歌そのまま、焼き討ちと略奪(バーニング・アンド・ルーティング)。この暴動の発端は、アラブ系青年が尋問中に暴行され、病院に担ぎ込まれた事件でした。 翌朝、静けさに包まれた郊外の街を背景に、3人の主人公たちが順に現れます。まずはアラブ系2世(Beur)のサイード。彼のペンダントは、掌の形をしたイスラムのお守り、〈ファティマの手〉です。そしてヴィンス。ヨーロッパ系白人(Blanc)である彼は、ワーキング・クラスのユダヤ人です。最後は黒人(Black)ボクサーのユベール。アリも愛用したEVERLAST の T シャツを着た彼は、2年かけてやっと手に入れたボクシング・ジムを、昨夜の騒乱でメチャメチャにされてしまいました。この 3B トリオは、郊外特有の語彙とイントネーションを持つフランス語を話し、職もなく、「クソみじめな腐った暮らし」にうんざりしていますが、脱出方法は見えていません。そして 3B の中でただ一人昨夜の暴動に参加したヴィンスは、なんとそこで警官が失くした拳銃を拾います。この銃は、ヴィンスに(幻想の)力を与え、もしも警官に暴行され入院しているあのアラブ青年が死んだら、おれも警官を殺してやると言いだします……。

 3B トリオが住む HLM があるのは、パリの北西、シャントルー= レ= ヴィーニュ Chanteloup-les-Vignes です。ストリート・ヴューで、コキーユ広場を検索してみてください。ピエルーズ通りと交差するあたりに、ラスト・シーンに登場するボードレールの壁画があるのに気づくはずです。(ただし市の HP では、もう『憎しみ』の時代の「汚れた」街ではない、と強調されていますが。)

 そして騒乱翌日の夕刻、サイードが貸していたわずかな金を取り戻すべく、3B はパリに向かいます。(ヴィンスは銃を携帯)モンパルナス駅では、豪奢なレンヌ通りを背景にして、ジャージにボマージャケットという彼らの姿は、強いヨソモノ感を発します。また公衆トイレに入れば、ユダヤ人俳優ポペックを思わせる小太りの男が、強烈なイディッシュ語訛りのフランス語で、強制労働のためにソ連に移送された男の、奇妙なエピソードを語ってきます。(それは「生き延びたユダヤ人」の物語なのでしょう。)さらに、イエナ広場の騎馬像を背にした通り(Avenue Pierre 1er de Sérbie)でのこと。道を尋ねた 3B に、警官はとてもにこやかでしたが、いざ建物の内部に入ろうとすると、管理人は3人を不審者として警察に通報、サイードとユベールは(アラブ系を含む)刑事たちによって拘束され、暴行に近い尋問を受けることになります。2 人は夜更けに釈放されますが、サン・ラザール駅発の最終電車には間に合わず、結局 3B は、夜のパリを徘徊するしかない状況に。ブルジョワ風画廊パーティーでひと暴れした後、車を盗もうとするも失敗。サン・トゥスタッシュ教会横にある頭部のオブジェ Écoute(「聞くこと」)をひやかした後は、地元のスキンヘッズたちと大立ち回りを演じます。そしてその時、ヴィンスが拳銃を抜くのです……。

 こう見てくると『憎しみ』は、郊外に生まれ育った移民系の若者たちの、一夜の「パリ」体験を描いているようにも見えてきます。でもこの麗しの首都は、3B を歓迎して受け入れるどころか、イブツとして弾き返すのです。まるで、おまえたちは自分の巣である「郊外」に引っ込んでろ、と言わんばかりに。

 パリ行きの翌朝、3B がシャントルー=レ= ヴィーニュに戻ったところで、このフィルムは終わります。でも、ユベールが言うように、「大事なのは着地」なのだとしたら、この激しく荒々しいエンディング/着地の意味を、みなさんならどう考えるのでしょうか?

◇初出=『ふらんす』2016年9月号

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著者略歴

  1. 清岡智比古(きよおか・ともひこ)

    明治大学教授。仏語・仏語圏の文化・都市映像論。著書『エキゾチック・パリ案内』『パリ移民映画』。ブログ「La Clairière」 http://tomo-524.blogspot.jp/

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