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清岡智比古「映画の向こうにパリが見える」

第11回 フランソワが、また一人:『アンタッチャブルズ』

『アンタッチャブルズ』(2012) De l'autre côté du périph
監督:ダヴィッド・シャロン
出演:オマール・シー、ローラン・ラフィット

             
ふらんす2017年2月号 表紙絵: 多田景子  表紙写真: 神戸シュン  ブックデザイン: Gaspard Lenski et 仁木順平

ふらんす2017年2月号
表紙絵: 多田景子  表紙写真: 神戸シュン  ブックデザイン: Gaspard Lenski et 仁木順平

 

フランソワが、また一人

 今から30年ほど前のこと、メトロ5号線が「パリ」を越えて西に延伸したとき、新たな終点として設けられたのが、ボビニー= パブロ・ピカソ駅でした。そのあたりは、移民などが多く流入し、人口が大幅に増えていたのです。今、このボビニーの駅前には、70軒ほどの店が入居するショッピング・センター、Bobigny 2 があります。マック・カフェを横目に入口を過ぎ、ややくすんだその内部を通り抜けると、市役所、音楽ホール、さらには団地群(シテ)、住宅街が広がり、南に歩けば、やがてウルク運河にぶつかります。

 ボビニーは、これまでにたくさんの映画の舞台となってきましたが、今回取り上げる『アンタッチャブルズ』(2012)では、郊外の街ボビニーと「パリ」の対比が強調されています。なにしろ原題は『ペリフ(=環状高速道路(ベリフェリック))の向こう側へDe l’autre côté du périph』。そしてこの両者のコントラストは、二人の警察官の対立と連帯の物語を通して、コミカルに描かれてゆきます。

 パリ警視庁に所属する若手刑事フランソワは、いつもパリッとしたスーツを着込み、相続したアパルトマンで暮らすブルジョワ白人です。無類の女たらしで、得意技は書類書きとゴマすり。一方ボビニー署の刑事ウスマンは、バリバリの地元民(じもてぃー)。アフリカ系(オマール・シーが演じています)で、シングル・ファーザーとして小学生の男の子を育てながら、こつこつ勉強も続けています。捜査に関しては、完全な現場主義。潔癖で、女性関係も静かなものです。

 そしてある日、ボビニーで殺人事件が発生します。「パリ」からは殺人課のフランソワが、地元ボビニー署からはウスマンがやってきます。身分証から、殺された女性はフランス経済界の超大物の妻で、しかも彼女は、ボビニーにある違法賭博場の常連だったことも判明します。ロマ人ギャングが仕切るこの賭博場こそ、実はウスマンが、もう半年もマークしていた場所なのでした。というわけで、この二人の刑事がコンビを組んで、捜査にあたることになります。

 捜査が始まると、予想通りさまざまな衝突が起きるのですが、これがなぜか清々しい。たとえばウスマンが「まったくパリジャンてのは、郊外なんて第三世界だくらいに思ってるんだからな!」と言えば、フランソワのほうも、「郊外の家が狭い? でも近代的だろ? エレベーターに落書きしたのはおれの母親だとでも?」と応じます。そう、対等な(≒フランス的な)言い合いなんですね。

 また、ウスマンが初めてパリ警視庁を訪れる場面も印象的です。ウロウロしていて、半ば不審者扱いされたウスマンは、制服組の警官たちに向かってこう叫ぶのです、〈98〉を忘れちまったのか? あの3B──Black(黒人)、Blanc(白人)、Beur(アラブ人)──を? ジダン率いるフランスがワールドカップで優勝した1998年には、フランスの統合モデルこそ正解なのだと、多くの人が思ったものでした。今は昔、ですが……。

 さて場所についてですが、まず犯行現場は、ボンディ(243 Avenue de Rosny, Bondy)。また上に引いた会話が交わされるのはバニョレ(rue des Champeauxと並走する高速道の高架下)です。(背後には『戦争より愛のカンケイ』(7月号掲載)にも登場していたツインタワー、レ・メルキュリアルが見えます。)さらに殺人の容疑者ナビルの実家であるHLMはクリシー=スー=ボワ(Allée Louis Blériot, Clichy-sous-Bois)で、ここは、あの2005年の暴動の発火点になった地域です。(98年からたった7年。)

 そしておもしろいのは、名前に関わるエピソードです。まずウスマンですが、フランソワも彼の上司のパリジェンヌも、この名前をどうしても言い間違えてしまいます。間違えないのは、わざと「オサマ(・ビン・ラディン)」などに引っかけたときだけ。これは、相手の存在を否認したいという心理の現れなんでしょうか? そしてフランソワも、そのお偉い体質が覗いた途端、さすが「フランソワ1世!」と揶揄(からか)われるのですが、このフランソワという名は、同じ語源を持つ「フランス」の擬人化にも感じられます。そういえば、ウエルベックの『服従』の主人公も、『パリ・ジュテーム』の中の一篇「セーヌ河岸」で、アラブ系の少女からヘジャブの意味について諭される少年も、フランソワという名前でした。

 エンディングでは、ウスマンに辞令が出ます、パリ勤務を命ずと。「パリ」でのウスマンの活躍、ぜひ見てみたいです。続編シルヴプレ!

◇初出=『ふらんす』2017年2月号

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著者略歴

  1. 清岡智比古(きよおか・ともひこ)

    明治大学教授。仏語・仏語圏の文化・都市映像論。著書『エキゾチック・パリ案内』『パリ移民映画』。ブログ「La Clairière」 http://tomo-524.blogspot.jp/

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