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清岡智比古「映画の向こうにパリが見える」

第1回 まさかこんな出会いが:『最強のふたり』

『最強のふたり』(2011) Intouchables
監督・脚本:エリック・トレダノ、オリヴィエ・ナカシュ
主演:フランソワ・クリュゼ、オマール・シー


ふらんす2016年4月号 表紙絵: 祖田雅弘 表紙写真: 神戸シュン ブックデザイン: Gapard Lenski et 仁木順平

ふらんす2016年4月号
表紙絵: 祖田雅弘 表紙写真: 神戸シュン ブックデザイン: Gapard Lenski et 仁木順平

 

まさかこんな出会いが

 青春時代をパリで過ごしたヘミングウェイは、その熱い日々の思い出を、「移動祝祭日」と表現しました。「祝祭」のような日々が、生涯自分と一緒に「移動」してきてくれるなら、それはもうとてもいい感じでしょう。羨ましいですね。

 ただ、シカゴ郊外で生まれた文豪がパリで暮らしていたのは、1920年代のこと。それからもう90年が経ち、パリはその間おそろしく変貌したわけですが、わたしは、今のパリが好きです。

 今のパリ? テロが起きて、スリが多くて、吸い殻まみれで、自販機のジュースが2ユーロもするパリが? そうです、そのパリです。そしてマグレブから、レバノンから、カンボジアから、マリやカリブから、おいしい食べ物や音楽や映画が流れ込み、魅力的な混じり合いを果たしている、そんな大鍋のようなパリが好きなのです。そしてこの混じり合いを現場で牽引してきたのは、移民たちだということになるのでしょう。

 フランスでは一般に、「三代さかのぼれば人口の半分は移民」といわれます。まあ、話し半分としても 25パーセント。古くはマリ・アントワネットから、マリ・キュリー、サルコジ、現首相のヴァルス、あるいはジダン、ベンゼマまで。彼らのいないフランスなんて、考えられませんね。

 すみません、前置きが長くなってしまいました。この「映画の向こうにパリが見える」は、毎回フランス映画を1本(+α)取り上げ、そこでパリが、あるいはフランス社会が、どんなふうに描かれているかを探っていこうという企画です。で、映画を見るときのポイントになるのは、「空間」。それはどこの通りなのか、どの駅なのか、どんな地域なのか。映画と場所って、切っても切れない関係にあるものです。だから、その場所のことを考えることは、作品そのものを考えることになり、それがまた一周回って、パリのことを考えることにもなるわけです。(なんか、まどろっこしい⁉)

 さて、第1回で取り上げるのは、歴代のフランス映画で最も観客を動員したコメディ『最強のふたり』(2011)です。

 サン=ジェルマン=デ=プレの超豪邸に暮らすフィリップ。事故で重い障害を負ってしまった彼は、自分の介護者を募ります。その結果選ばれたのは、候補者の中にたった一人だけいた黒人、失業中のドリスでした。それは半信半疑の決断でしたが、(いい意味で)同情を知らないドリスは、フィリップとの間に深く対等な人間的繋がりを結んでゆきます。金はあっても心はふさいでいたフィリップは、再び「生きる」ことに向かい合い……というお話。実話に基づいているそうです。

 印象的な場所としては、高速仕様に改造した車椅子を疾走させるソルフェリーノ橋や、深夜に二人がたどり着く有名カフェ「ドゥ・マゴLes Deux Magots」などがありますが、本当に注目してほしいのは、ドリスが住んでいる団地群のある地域です。それは見るからに、HLMといわれる低所得者向けの集合住宅で、ということは、ドリスは「パリ」には住んでいないということなのです。映画の中では名前が与えられていないこの場所は、実はパリの北東、ボンディBondyにあるヌ=カイエです。

 パリは周囲約35キロ、東京の山手線ほどの広さなのですが、その内側と外側は、はっきり別の世界です。ドリスが暮らすパリの外側(=郊外)には、移民系の人が多く暮らし、失業者も多く、博物館のような文化施設はほとんどありません。それが、ドリスが背負っている世界なのです。お金だけではなく、文化も、教養も、言葉さえちがう世界。映画の始まり近く、「ベルリオーズ」という語が、二人の間で取り違えられる場面がありますが、ドリスにとってそれは、幻想交響曲の作曲者ではなく、自分が暮らす団地の、ある棟の名称だったのです。ストリートビューでAvenue Jean Lebasを探してください。そしてSaint-Germain-des-Présも。2つの世界の落差は、一目瞭然です。

 原題はIntouchables(触れ合えない者たち)。複数形になっているのがミソです。出会うはずのない二人。彼らが互いの文化、教養に影響され合い、ドリスがダリを語り、フィリップが郊外語を使い始める姿には、「階層」を超える快感が感じられるはずです。さ、見(直し)ましょう!

 ◇初出=『ふらんす』2016年4月号

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著者略歴

  1. 清岡智比古(きよおか・ともひこ)

    明治大学教授。仏語・仏語圏の文化・都市映像論。著書『エキゾチック・パリ案内』『パリ移民映画』。ブログ「La Clairière」 http://tomo-524.blogspot.jp/

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