第4回 破天荒雑種系、だから愛してる♥:『戦争より愛のカンケイ』
『戦争より愛のカンケイ』(2010) Le Nom des gens
監督:ミシェル・ルクレール
脚本:バヤ・カスミ、ミシェル・ルクレール
主演:ジャック・ガンブラン、サラ・フォレスティエ
ふらんす2016年7月号
表紙絵: 吉岡里奈 表紙写真: 神戸シュン ブックデザイン: Gaspard Lenski et 仁木順平
破天荒雑種系、だから愛してる♥
メトロの3号線の西の終点、ガリエニ駅。そのやや殺風景な駅前では、アフリカ系のお兄さんお姉さんが、焼きトウモロコシやらジュースやらを売っているかと思えば、アラブ系のオジサンが、こまごました雑貨を並べた屋台を出していたり。そして駅前のショッピング・センターは、ちょっとくたびれてはいますが、日常使いには十分な規模で、お客さんには移民系の人、あるいはキッパを被ったユダヤ人なども少なくありません。
このビルの北側出入口からは、住宅街へと続く歩道が伸びています。それを歩き始めるとすぐ、おお、ガラス張りの巨大な高層ツイン・タワー、レ・メルキュリアルの偉容が現れます。このタワーは、バニョレ Bagnolet と呼ばれるこの地区の象徴であり、環状高速道ペリフを走っていてこのタワーが見えてくると、ああバニョレだな、と思うわけです。そしてそこからさらに坂を下り、落ち着いた通りを進んでゆくと、今度はとってもキュートな小ぶりの建物が見えてきます。薄いサーモンピンクと白のレンガを組み合わせた、旧市役所です。ツイン・タワーが新しいバニョレの象徴だとすれば、この建物は古いバニョレの象徴だと言えるでしょう。事務一般は、3年前お隣にできた(未来派風の)新庁舎に移転しましたが、結婚式だけは、このおちゃめな♥旧庁舎で挙げることもできます。
で、お待たせしました、今回取り上げる映画は、この旧庁舎で結婚式を挙げた3 組のカップルに関わる物語、『戦争より愛のカンケイ』(2010)です。フランスでは大ヒットしたこのコメディ、サブテーマは、自然破壊、児童虐待から、反ユダヤ主義、植民地主義にまで広がりますが、核となるのは、共生──その鍵は「雑種(バタール)」化です──だと言っていいと思います。物語の縦糸は、一組の男女の出会い、別れ、再会、そして結婚なんですが、「おフランス」な恋愛ものの自意識過剰ぶりとはまるで違って、まあなんというか、なかなかに破天荒な物語なんです。
アルチュール・マルタンは、1961年生まれの鳥類学者。このすご~くありふれた名前の彼が、鳥インフルエンザに関するラジオ番組に招かれ、とにかくカモと接触しないのが一番、と話したところ、なんと本番中のスタジオに怒鳴り込んできた女性がいました。彼女は彼を、ファシスト!となじります。そうです、このバイア・ベンマフムードという珍しい名前を持つ、眩しいほど美しい女性こそが、彼の恋のお相手となる人です。(でもなぜ「ファシスト」なんでしょう? ここでこの語は、「排外主義者」くらいの意味で使われています。「カモ」は移民の比喩なのでしょう。)バイアの容姿は、完全にヨーロッパ系白人のそれですが、彼女の父親はアルジェリア系移民です。
バイアの生き方はちょっとカゲキです。ファシストを見つけると、とりあえず彼と寝て(!)、その後、男が心を許した頃合いを見計らって、もっとピースフルな思想を吹き込むのです。この方法は、これまでずいぶん功を奏してきましたが、マルタンに限っては、ベッド・インまでいたらず……、でも、あるとき国政選挙の投票所で再会し、そこから二人のロマンチックが激しく燃え上がるのです。二人が暮らすのは、バニョレ旧市役所から100メートルほど坂を下った、ネルソン・マンデラ広場の近くです。
けれどもこの目くるめく恋は、それぞれの両親が関係してくるあたりから、現実の軋みが避けがたくなってきます。マルタンの母はユダヤ人で、父はかつての原発技術者。一方バイアの母は苛烈な活動家で、アラブ系移民の父は天才(?)画家。このバラバラに見える3カップル6人、でも彼らはみな、旧市役所で結婚式を挙げた夫婦なのです。バイアが生まれ育ったHLMが、バニョレの「ピエール・エ・マリー・キュリー通り39」(←で検索。階段の上です)にあること、バイアの父が看板のペンキ塗りをしている姿を、あのツイン・タワーが見守っていることを含め、このフィルムはもう、バニョレ映画そのものです。
「パリ」への出入口、そして高速のジャンクションでありながら、ラ・デファンスのようなビジネス・センターになり損ねたこの街は、移民を含めた多くの人が行き交い、新しさと、庶民的で多文化的な風情が混じり合う場所です。そしてそうしたバニョレの個性は、まさにこのフィルムのそれと、深く響き合っています。さあ、破天荒なヒロインに、うっとりしてみますか?
◇初出=『ふらんす』2016年7月号