刺激的な食のスペクタクル
9月初頭、パリの現代アートセンター104で、食をテーマにした刺激的なスペクタクルが行われた。二つ星レストラン「ラ・グルヌイエールLa Grenouillère」シェフのアレクサンドル・ゴーチエと、今までのサーカスの概念を一変する作品の数々を生み出した、鬼才ジョアン・ル・ギレルムのコラボレーションによる「Encatation」(「呪文incantation」からの造語)。
食をめぐるスペクタクルEncatation
© Gwen Mint.
薄暗い空間にはS字を描いて70の透明なブースが設置され、観客は各自そこに座って1時間半「様々な視点を養う」体験をする。狩人だった時代の意識を呼び覚ますための食器、メビウスの輪を食べること、食卓の禁忌を破るための1品、5本の指それぞれが違う風味を持つピュレー、擦りガラス板を舐めて味わう料理、斜面を転がるデザートなど、考えることと食べることが交差する場が作られている。ギレルムは自らの創作はサーカスではなく「様々な視点を持つ空間の作り手」と定義しているが、アレクサンドル・ゴーチエも、自分のレストランを厨房と客席間に双方向の視線が交わされる空間だとしている。
アレクサンドル・ゴーチエは、すでにヴェネチア・ビエンナーレやパレ・ド・トーキョーで、展覧会に合わせてディナーを構成している。地元カレー市の国立劇場「ルシャネル」では、定期的にアーティストや劇団と組んでスペクタクルを行ってきた。また、この劇場の建築家であるパトリック・ブーシャンに自分のレストランと宿泊施設の建築を依頼するなど、レストランの劇場性を普段から意識している。
レストランが一種の総合芸術であるからには、アートに興味を持つシェフが多いのは不思議ではないのだが、彼の場合、それが先鋭的な料理のクリエーションだけではなく、内装と部屋の配置が全室異なるホテル(変なところに穴が空いていたり、読書室があったり、隠れたドアから入る秘密の部屋になっていたり)の構想、2年に1度、レストランの広大な庭に役者やサーカス芸人などを招いて行う「沼の見世物市」(今年はドニ・ラヴァンが来て朗読をしたりベケットを森で演じたりした)など、かなりな域まで達している。彼のレストランでの食事自体が「食べることによって新しい視点を得る」経験であるとも言える。この作品、去年からフランスの様々な都市を巡回しているが、日本でもいつか実現してほしい。
◇初出=『ふらんす』2020年11月号