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「アクチュアリテ 食」関口涼子

復活する大衆食堂

 タイヤ会社が作ったガイドブックは「ミシュラン・ガイド」として美食家の必読書となっているが、長距離トラックの運転手のためのレストラン・ネットワークに「ルレ・ルチエRelais routiers」がある。1930年代に設立され、第二次大戦前夜には2000軒近くあったこれらのレストランは、「暖かいサービス、比類のない質とそれに見合った値段」を標榜していた。

 また、時代を遡るが、18世紀に現れた「ブイヨン」と呼ばれたレストランは、19世紀にはパリでは250軒ほどあり、体を温めるスープを大衆のために廉価で提供していた。今日パリではこういったレストランはなりをひそめるか、かつての「ブイヨン」の場合、歴史的な内装だけを残して中身は全く変わってしまったように思われていた。現在1軒だけ残っていた「ブイヨン・シャルチエ」は、昔ながらの雰囲気を楽しみたい外国人観光客は訪れるが、料理が美味しくないとのことでパリっ子は決して足を運ばない場所だ。

 現在、フランスで外食しようと思った時、一番高いのは実はフランス料理だ。中華料理、ヴェトナム料理、マグレブ料理など、大衆の胃袋を満たしてくれるのは移民たちの作った料理で、自国の料理のはずなのにフランス料理を外で食べようとすると値がはる、という不思議なことになっている。

 ところが、この傾向が最近変わりつつある。歓楽地ピガール地区にできた「ブイヨン・ピガール」は、300席の巨大なレストランで、昔の雰囲気を残しながら、ウフ・マヨ(ゆで卵とマヨネーズ)1.9ユーロ、にしんのオイル漬けとジャガイモ4.5ユーロ、ブフ・ブルギニョン(牛のブルゴーニュ風煮込み)9.8ユーロなどを、破格の安さで提供している。安いだけではなく、実際にも美味しいので、去年の末はひとしきり話題になった。

 今年の初めには、11区に「オー・ボン・クリュ」というレストランができたが、こちらは前述の「ルチエ」のエスプリをこれでもかと内装からメニューまで取り込んでいる。ここでも、ロールキャベツやアンドゥイエット(豚の腸詰め)、イル・フロッタント(アングレーズ・ソースにメレンゲを浮かべた冷製デザート)など、ノスタルジー誘う料理の数々が財布に優しい価格で食べられる。他の一部の新規レストランにもこの傾向は共通する。格好はつけないが、きちんとした料理がそれほど高くない値段で食べられる……。気取り屋でおしゃれ好きのパリっ子が、実はこんな店を求めていたんですという、本音がつい出てしまったようでもある面白い傾向だ。

◇初出=『ふらんす』2018年7月号

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著者略歴

  1. 関口涼子(せきぐち・りょうこ)

    著述家・翻訳家。著書Fade、La voix sombre、訳書シャモワゾー『素晴らしきソリボ』

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