「食」との複雑な関係に悩まされる女性たち
Lauren Malka, Mangeuses
近年欧米を中心としてフェミニズム関連の著作が注目を浴び、食業界の#MeTooとも言える動きも起こっている。その中でも話題なのが、ジャーナリストのローレン・マルカが著したMangeuses(「食べる女たち」)だ。「喰らいつく女たち、味わう女たち、食べることを過度に控える女たちの歴史」という副題のこの著書は、昨年秋の刊行から半年足らずで1万部近くを売るという、この手の硬派なエッセイとしては好評な売れ行きとなった。この本を通じて読者は、「食べる」という、一見個人の自由に任せられているはずの行為が、女性においては常に男性中心社会のコントロール下にあったことを発見したのだ。
たとえば、gourmet(グルメ)という単語は現在、男性形しか存在せず、女性形のgourmette(グルメット)はチェーンのブレスレットという意味になると指摘する。中世においては男性形以前に存在していたこの女性形は、いつの間にか姿を消してしまうのだ。食事に美意識をもつ「グルメ」になれたのも、レストランに出入りができたのも、長い間男性だけであった。料理をする側においても、女性は家庭料理を担当するが、レストランで采配を振るう料理人の大方は今でも男性が占めていることはよく知られている。
また、女性は細身であることがふさわしいという美意識は現代欧米の産物にすぎないという物言いに対し、著者は、肥満の忌避は古代から存在したという理論を展開する。女性たちの身体は、妊娠にしても、性的な欲望にしても、常に男性中心社会の監視下にあったが、食べることについても同様であった。幼少期より男子と女子の食欲は区別され、好きなだけ食べることは男性だけに許されていた。自分の欲望に忠実な女性は、性欲に身を任せ男性を脅かす存在というイメージと重ねられてきたからだ。女性は欲望の対象にはなっても主体になるべきではなかったと言う。
本書はさらにその考察を現代社会に広げ、食業界における男女差、そこで女性の体がコントロールされてきたという言説を分析し、実際に摂食障害に苦しむ人たちのインタビューと共に、社会の抑圧下で、食べることとの複雑な関係に苦しむ女性たちの姿を浮かび上がらせる。
料理を家族の幸福や共食の喜びなどのイメージと結びつける言説を繰り返してきた食業界では、摂食障害の問題はタブーとされてきた。そのことにより、不可視化されてきた女性たちの主体的な声を引き出したことは、著者の功績だと言えるだろう。