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「アクチュアリテ 食」関口涼子

新しいカクテル文化の兆候

 ワイン大国フランスにクラフトビールやノンアルコールペアリングなど新しい動きが現れていることは以前も紹介したが、今回はカクテルの世界で最近気になる、いかにもフランスらしい試みを行っている3つの例をご紹介したい。

 まずは女性二人が立ち上げた「Hテオリア」。カクテルベースとなるリキュールを開発している。このブランドの特徴は、調香師出身のカミーユ・ウダンが調合を担当していることだ。香水を作るように、様々なフレーバーを組み合わせて独自の世界を作り上げていく。その一つ、「遥かなレザー」は、焙じた小豆がまるで革のような薫香を醸し出す。花の馥郁とした香りやトマトのような旨味のあるリキュールもあり、料理に使うシェフがいるというのも頷ける。スパイスのように隠し味として重宝されているのだろう。


香水を調合するようにリキュールを開発するHテオリア

 長い間シャンパーニュやリキュール界でデザイナーとして活躍し、現在はフレグランスデザイナーとして自らの香水ブランドを持つフィリップ・ディ・メオは、去年の外出制限時にカクテルブランド「ル・バルトルール」を立ち上げた。こちらはそのままグラスに注ぎロックで楽しめるタイプ。バーに出かけられない時期に家でカクテルを楽しんでもらおうと始めた試みが好評を博した。フランス産の原料のみを使用しているのが売りだ。

 アメリカ出身で現在はパリのカクテルバー「オクトピュス」のトップに立つスターリング・ハドソンは、季節に敏感なミクソローグ(カクテルを開発する人)だ。それも単純に旬に合わせるのではない。この秋のコレクションでは、「夏の名残」をテーマに、夏の果物を乾燥させたり、アルコールに漬けたり、シロップにしたりすることにより、夏の終わりを名残惜しむ気持ちをカクテルで表現した。

 彼はまた、アーティストのギョーム・オーブリーとともに、『サンセット・カクテル』という本を今年出版。ターナー、ムンク、ダグラス・ゴードンなど、日没をテーマにした絵画を12作選び、各作品にインスパイアされたカクテルレシピを提供している。

 フランスは、カクテルの世界では遅れを取っていたが、そのおかげで現在スタンダードレシピにとらわれないアイディアが生まれているのかもしれない。アートや香水など、他の分野から影響を受けた、単に味の追求だけではなく遊び心に富んだ世界を広げているのは、フランスならではと言えるのではないだろうか。

◇初出=『ふらんす』2022年1月号

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著者略歴

  1. 関口涼子(せきぐち・りょうこ)

    著述家・翻訳家。著書Fade、La voix sombre、訳書シャモワゾー『素晴らしきソリボ』

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